1997年に神戸で起きた「神戸連続児童殺傷事件」。あの事件から、2026年現在で約29年が経つ。
主犯である酒鬼薔薇聖斗(東慎一郎)には、父親、母親、そして弟が二人いた。
犯罪とはまったく無関係でありながら、ある日突然マスコミに取り囲まれ、世間の批判を浴び続けた家族がいた。
彼らは今、どこでどんな生活を送っているのか。手記の出版から賠償金の仕組み、弟たちの歩みまで、当時の記録をもとに振り返る。
酒鬼薔薇聖斗(東慎一郎)の家族の現在と苦悩の歩み

- 酒鬼薔薇聖斗(東慎一郎)の家族は事件後にバラバラになり、名前を変えてひっそりと生活している
- 父親は逮捕直後に会社を退職し、退職金のすべてを賠償金に充てた
- 両親は1999年に手記「少年A この子を生んで」を出版し、印税を被害者遺族への賠償金に充てる仕組みを整えた
- 「母親の厳しすぎる躾が原因」という報道があったが、事件担当記者は「いたって普通の親だった」と証言している
| 呼称 | 酒鬼薔薇聖斗 / 元少年A |
|---|---|
| 本名 | 東慎一郎(現在は改名) |
| 生年 | 1982年(2026年現在43歳) |
| 出身 | 兵庫県神戸市須磨区 |
| 事件 | 神戸連続児童殺傷事件(1997年) |
| 処遇 | 医療少年院収容後、2004年に仮退院 |
1997年6月に起きた事件の概要や、元少年A(酒鬼薔薇聖斗)本人の現在についてはこちらの記事で詳しくまとめている。
ここでは主に、報道に追われながら懸命に生き続けてきた加害者家族のその後の歩みに焦点を当てる。
事件直後の混乱──家族を追い詰めたマスコミと逃亡生活
元少年Aが逮捕された1997年6月28日の朝、突然訪れた警察官に、両親はまだ何が起きたのかわからなかった。
父親が後に手記に記した朝7時15分、インターホンが鳴り二人の警察官が入ってきた。「息子さんに話を聞きたい」という言葉に、父親は「ウチ、息子は三人おりますが」と答えたという。
元少年Aはそのまま連行され、母親も警察に同行した。帰宅したのは夕方6時を過ぎていた。
弟二人を近くの親戚に預けた後、家宅捜索が始まった。捜索のさなかに本人が自白し、未成年のため実名こそ出なかったが、事件はニュースでも大きく報道された。
初めて元少年Aと面会できたのは、少年鑑別所に送られてからのことだった。
父親は面会で「誰が何と言おうと、Aはお父さんとお母さんの子供やから、家族五人で頑張って行こうな」と声をかけた。しかし返ってきたのは、「帰れ、ブタ野郎!」という激しい怒声だったと言う。
容赦ないマスコミと世間の目。無関係な弟二人を守る必要もあり、家族はバラバラになった。
父親は事件直後に会社を退職し、退職金のすべてを賠償金に充てたと言われている。
その後、両親は離婚。父親は苗字を変え、親戚のもとで可能な限り静かに暮らすようになったという。普通の仕事に就くことも難しく、毎日をなんとかやりくりする生活が続いたとされる。
弟二人は名前を変えて生活している。事件当時は小学生だった彼らも、2026年現在は30代〜40代の社会人とみられる。
上の弟はかつて工学部に進学し後にアニメの専門学校に通ったと伝えられ、下の弟は高校を中退して早くから働きに出たと言われている。現在の詳細については本人が公表していないため、言及を控える。
手記「少年A この子を生んで」と賠償金1億4000万円の仕組み
事件から2年後の1999年、元少年Aの両親は手記を出版した。「少年A この子を生んで」(文藝春秋)という本だ。
この出版に大きく関わったのが、当時週刊文春の記者だった森下香枝記者(後に週刊朝日編集長)と、少年Aの弁護士・羽柴修弁護士の二人だ。
森下記者は国内外の少年犯罪を調査し、海外では加害者家族が手記を出版して印税を賠償金に充てる事例があることを羽柴弁護士に報告した。
印税専用の口座を羽柴弁護士が開設し、被害者遺族がいつでも確認できる透明な仕組みを整えた。
賠償の規模はどのくらいか。土師淳さんのご遺族からは1億4000万円の請求があり、山下彩香さんのご遺族とは8000万円の示談が成立している。他にも怪我をさせた児童への支払いもあった。
父親はすでに退職金のすべてを賠償金に充て、両親はコンビニで働きながら弟二人を養っていた。
被害者遺族に状況が伝えられ、了承を得た上で出版の運びとなったのである。印税は現在も賠償金として被害者遺族に支払われ続けている。
「躾が厳しすぎた」報道の真相──母親の悲痛な思いと家族の誠実な姿
手記のなかで、母親は被害者への深い思いを綴っている。
〈息子には、生きる資格などとうていありません。(中略)私は夫のためには死ねませんが、息子のためであれば、死ねます。
Aのやったことはあの子を生み、育てた私の責任です。〉
当時、「母親の躾が厳しすぎたから少年Aは犯罪者になった」という報道が多く流れた。
しかし事件を担当した森下記者は、実際に会った元少年Aの両親について「いたって普通の親だった」と証言している。
「どんな躾をすれば子どもが殺人を犯すのか」という疑問は当然の問いだ。少なくとも、この家族には当時の報道が描いたような異常な躾の実態は確認されていない。
元少年Aの両親は羽柴弁護士の立会いのもとで被害者遺族と面会を行っている。加害者の家族でありながら、誠実に向き合い続けた姿勢は多くの記録に残されている。
この痛ましい事件において、最大の被害者が殺害・重傷を負わされた子どもたちとその家族であることは間違いない。一方で、何も知らないまま人生を狂わされた加害者家族もまた、苦しみの当事者であると言える。
東慎一郎(酒鬼薔薇聖斗)家族の現在と賠償金まとめ
事件から29年が経つ今も、加害者家族は名前を変え静かに暮らしている。被害者遺族への誠実な向き合いは続いている。
- 元少年Aの家族は事件後にバラバラになり、名前を変えてひっそりと暮らしている
- 父親は逮捕後すぐに会社を退職し、退職金のすべてを賠償金に充てた
- 両親は手記「少年A この子を生んで」(1999年・文藝春秋)を出版し、印税を被害者遺族への賠償金に充てる仕組みを整えた
- 「母親の厳しい躾が原因」という報道があったが、事件担当記者は「いたって普通の親だった」と証言している



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