湊伸治の現在は?コンクリート事件犯人の実名と出所後の末路

事件

1988年に発生した「女子高生コンクリート詰め殺人事件」は、日本の犯罪史上でも類を見ない凄惨さで知られています。事件から30年以上が経った今でも、犯人たちの現在の消息が気になるという方は多いですよね。

実は主犯格4人のうち3人が出所後に再び犯罪を起こしています。さらに2022年には犯人の1人が51歳で亡くなっていたことも明らかになりました。

コンクリート事件の犯人たちの現在

  • 元少年A・宮野裕史は「横山祐史」に改名後、2013年に振り込め詐欺で再逮捕→不起訴→現在は消息不明
  • 元少年B・小倉譲(神作譲)は2022年7月16日に51歳で死亡(トイレでの窒息事故)
  • 元少年C・湊伸治は2018年に殺人未遂で逮捕、執行猶予付き判決(2022年に猶予期間満了)
  • 主犯格4人中3人が出所後に再犯しており、更生が実現したとは言い難い

事件に関わった主犯格4人に対する裁判の結果は以下の通りです。

呼称 量刑
少年A(リーダー格) 懲役20年
少年B(準主犯格) 懲役5年以上10年以下の不定期刑
少年C 懲役5年以上9年以下の不定期刑
少年D 懲役3年以上4年以下の不定期刑

当時から「少年法」の在り方が大きな議論を呼び、世間では「あまりにも刑が軽すぎる」という声が多く上がっていました。出所後、彼らの人生はどう変わったのでしょうか。

元少年A・宮野裕史(横山祐史)の現在

名前 宮野裕史(改名後:横山祐史/横山裕史とも表記)
事件当時の年齢 18歳
事件での役割 リーダー格(主犯)
量刑 懲役20年
出所 2009年

中学時代は柔道に打ち込み、軽量級の有望選手と呼ばれていた宮野裕史。しかし高校を中退後はタイル工として働くかたわら暴力団組織と関係を持つようになり、半グレ集団を立ち上げた末にコンクリート事件を引き起こしました。

懲役20年の刑期を満了し、2009年に出所しています。服役中はいわゆる模範囚で、2004年頃には20年に満たない刑期での仮出所も検討されていたそうです。ところが当時、世間で性犯罪に対する厳罰化の動きが強まったことや、後述する元少年Bの再犯が発覚したことで、仮出所の可能性は完全になくなったとされています。

出所後は関西地方に住んでいた保護司と養子縁組し「横山祐史」に改名しました。なお一部では「横山裕史」とも表記されています。

その後の住所は転々としており、東大阪市西石切町付近に約2か月、埼玉県川口市蓮沼の宮内解体工業所に勤務、栃木県小山市を経て、茨城県古河市のキャノン化成に派遣社員として勤務、茨城県取手市で母親の営む寝具店に勤務、そして東京都多摩市と移り住んでいたとされています。

2013年1月には振り込め詐欺のメンバーとして再逮捕されました。個人宅に電話をかけ「パチンコ必勝法がある」と偽って現金を騙し取るという手口で、当時42歳、いわゆる被害者から現金を回収する「受け子」の立場での逮捕でした。取り調べでは完全黙秘を貫き、組織全容の解明には至らず、2013年1月31日付で不起訴処分となっています。

その後しばらく消息不明でしたが、2017年に「実話ナックルズ」誌が宮野の近況をスクープしています。弟分と呼ばれる人物からの情報提供によると、キックボクシングのジム通いで体を鍛え、高級時計や高級外車を乗り回す生活を送っていたとのこと。その資金は真面目な労働ではなく、マルチ商法や詐欺行為など不正な手段で得たものだったとされています。

この弟分は当初、宮野がコンクリート事件の主犯であることを知らなかったようですが、何かのタイミングで過去の犯罪歴を知り問い詰めたところ、宮野は顔を青ざめて動揺したといいます。噂が広まりマスコミに感づかれるようになると、宮野は忽然と姿を消したそうです。

取材当時、宮野は「K」で始まるイニシャルの偽名を使っていたとも言われており、素性がバレないよう名前を変えている可能性があります。結婚や子供に関する情報はなく、2026年3月現在も消息は不明のままです。

なお、ネット上で「宮野裕史の出所後の写真」として出回っている画像がありますが、これは韓国のプロレスラーの画像が誤って拡散したもので、現在の宮野の顔は一切判明していません

元少年B・小倉譲(神作譲)の生涯と最期

名前 小倉譲(改名後:神作譲)
生年月日 1971年5月11日
事件当時の年齢 17歳
事件での役割 準主犯格
量刑 懲役5年以上10年以下の不定期刑
死亡 2022年7月16日(51歳・事故死)

幼い頃に父親が愛人を作って家を出たため、母親と妹の3人で暮らしていた小倉譲。本人も「家族そろって食卓を囲んだ記憶がない」と供述しているほど、家庭環境は厳しいものでした。

小学校では野球、中学校では陸上に励む少年でしたが、スキーで足首を骨折したことをきっかけにスポーツができなくなり成績も低下。私立高校に進学したものの、身長180cmという体格が目立ちいじめに遭って中退しています。この頃から母親への暴力が始まり、不良仲間と付き合うようになりました。

主犯の宮野裕史と出会い、暴走族とのトラブルを解決してもらったことをきっかけに行動を共にするようになり、コンクリート事件に深く関与していきます。懲役5年以上10年以下の不定期刑を受け、1999年8月に出所しました。

出所後すぐに保護司の神作久子と養子縁組し「神作譲」に改名。服役中に身につけたコンピュータスキルを活かして派遣社員として働き始め、2000年には中国籍の女性と結婚しています。

しかしインターネットが普及した世の中で素性を隠し通すことは難しく、旧姓や前科が周囲に知られてしまいます。仕事を続けられなくなり辞職した後は、暴力団関係の事務所に出入りするようになりました。中国籍の女性とも離婚が成立しています。

そして2004年6月に「三郷市逮捕監禁致傷事件」を起こして再逮捕されました。一般男性に言いがかりをつけて監禁し負傷させるという事件で、自身がコンクリート事件の加害者であることを誇示して脅していたとも報じられています。懲役4年の実刑判決を受け、再び服役することになりました。

2009年に2度目の出所を果たしますが、その後は生活保護を頼りに孤独な生活を送っていたとされています。

長らく消息不明だった小倉ですが、2022年7月16日に51歳で亡くなっていたことが後の取材で明らかになりました。トイレで倒れているところを母親に発見されたとのことです。感情を抑える薬を服用していた影響でふらつき、便器とタンクの間に頭を挟んで嘔吐し窒息死したとされ、死因は事故でした。

家庭環境の影響もあったとはいえ、凶悪犯罪に関与し再犯を繰り返した末に、社会や家族とのつながりを失った孤独な最期でした。

元少年C・湊伸治の現在

名前 湊伸治
生年月日 1972年12月16日
出身地 埼玉県川口市(のちに足立区へ転居)
事件当時の年齢 16歳
量刑 懲役5年以上9年以下の不定期刑

足立区内の名門中学校を卒業後、都内唯一の化学専門工業高校に進学した湊伸治。父親は薬剤師、母親は看護師という家庭に育ちましたが、主犯格の宮野裕史らと親しくなったことからコンクリート事件に加わりました。

出所後は運送会社で働きながらムエタイに取り組み、プロデビューを果たしています。ただし実力は振るわず、プロの2試合はいずれも敗戦。やがて自分の過去が周囲に知られるようになると、消えるように姿を消したとされています。

ムエタイ廃業後の足取りは不確かで、各地を転々としたという情報もあれば、10年ほど同じ場所に定住していたという話もあります。2006年頃にルーマニア国籍の女性と結婚していたとの情報や、娘が生まれているという話もありますが、いずれも裏付けとなる記事は確認できていません。

そして2018年8月19日、埼玉県川口市にて湊伸治が32歳男性を警棒で殴った上、ナイフで後頸部を刺したとして殺人未遂容疑で逮捕されました。事件の数か月前にこの付近のアパートに引っ越してきたとされますが、事件前から近隣住民とのトラブルが絶えなかったとも言われています。

裁判の結果、2019年11月22日にさいたま地方裁判所から懲役1年6月、保護観察付き執行猶予3年の判決が言い渡されました。コンクリート事件という重大な前科がありながら執行猶予が付いたことには驚きの声もありましたが、事件から20年以上が経過していたことや当時少年だったことが考慮されたとみられます。

この事件が報道された際、湊伸治のコンクリート事件への関与については一切触れられなかったことも問題視されています。実名報道はされたものの前歴には触れない形で、少年法の運用に対する疑問の声が上がりました。

2019年11月の判決から3年が経過した2022年11月頃に執行猶予期間は満了しています。2026年3月現在、湊伸治の消息は明らかになっていません。

少年Dとその他の関与者の現在

少年Dは懲役3年以上4年以下の不定期刑を受け、1996年に出所しています。しかし出所後は自宅に引きこもるようになり、2001年に毎日新聞の記者が当時同居していた母親に取材を行った記録が残っていますが、それ以降の消息は途絶えたままです。

主犯格4人以外にも、事件に加わったとされる人物の実名がネット上では広まっています。

  • 渡邊恭史:5〜7年の不定期刑で出所後、精神病を患い引きこもり状態とされている
  • 岩井哲夫(旧姓:中村):酒場で事件について語る様子が目撃されたという情報がある
  • 垣東孝一(旧姓:伊原):出所後に結婚し子供2人を授かったが、各地でトラブルを起こし転々としているとされる

いずれも確定的な情報は乏しく、過去の経歴を隠して生活しているとみられています。

なお、2026年1月には山﨑裕侍氏によるノンフィクション『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』(文藝春秋)が刊行されています。加害少年たちのその後を詳細に追った内容で、事件から37年が経った現在も社会的な関心の高さがうかがえます。

女子高生コンクリート事件の概要

  1. 事件の経緯
  2. 逮捕と少年法をめぐる問題

事件の経緯

「女子高生コンクリート詰め殺人事件」は、1988年(昭和63年)11月25日から1989年(昭和64年)1月にかけて発生した事件です。正式には猥褻略取誘拐・監禁・暴行・殺人・死体遺棄という複数の犯罪が重なった事件でした。

1988年11月25日の夕方、埼玉県三郷市の路上で当時17歳の女子高生が犯人グループに拉致されました。その後、東京都足立区綾瀬にあるメンバーの自宅に40日間にわたり監禁され、暴行を受け続けた末に、翌1989年1月4日に集団暴行により命を落としています。犯人グループは事件の発覚を恐れ、遺体をコンクリート詰めにして江東区内に遺棄しました。

1989年3月以降、別件で逮捕されていたメンバーの自供によって事件が発覚。逮捕された犯人グループは4人で、全員が事件当時16歳〜18歳の未成年による犯行でした。

逮捕と少年法をめぐる問題

事件発覚当初、加害者4人は少年法に基づき名前も顔写真も公開されませんでした。一方ですでに亡くなっていた被害者側は実名や写真が報じられてしまうという矛盾した状況が生まれています。

事件の詳細が明らかになるにつれ、その凄惨さに対する世間の怒りは強まっていきました。裁判記録から浮かび上がる残虐な行為の数々は、報道に触れた人々に大きな衝撃を与えています。

そうした中、ついに一部の週刊誌が犯人たちの実名と顔写真を公開する判断に踏み切りました。当時の文藝春秋では少年法による保護の範囲内で報道するかどうかギリギリまで悩んだとされていますが、事件の悪質性の高さから花田編集長が「野獣に人権はない」と実名報道を決断。この判断が、現在も犯人たちの実名が広く知られている状況につながっています。

あまりにも残虐な事件の全容が公になったことは、その後の少年法に対する議論にも大きな影響を与えました。現在でも未成年による重大犯罪が起きるたびに、コンクリート事件が引き合いに出されることは少なくありません。

まとめ

女子高生コンクリート事件の犯人たちは、少年法の適用を受けて比較的軽い量刑で出所しました。しかし社会に戻った後も真の更生には至らず、主犯格のうち3人が再犯を起こす結果になっています。

元少年A・宮野裕史は振り込め詐欺で再逮捕された後に消息不明。元少年B・小倉譲は逮捕監禁致傷事件で再逮捕された後、2022年に51歳で孤独な死を迎えました。元少年C・湊伸治は2018年の殺人未遂で逮捕され、執行猶予付き判決を受けています。

再犯時の報道で前歴や顔写真に一切触れない対応がとられたことも、少年法の運用に対する疑問として根強く残っています。

凶悪事件の加害者が出所後に社会で居場所を見つけることの難しさは現実としてありますが、再犯の事実を見る限り、彼らの場合は更生の機会が活かされたとは言い難い状況です。事件を風化させず語り継ぐことの意味を、改めて考えさせられます。

コンクリート事件の加害者家族のその後が気になる方はこちらもあわせてどうぞ。

コメント

  1. 坂本好高 より:

    私は、間も無く後期高齢者となる74歳の男性です。この年齢まで生きていると、人間の様々な業や善悪を見聞き体験致します。罪に人あり人に罪なしという事も、受け入れなければという思いも、否定できないと言う考え方で生涯を終われるのでは?と言う領域までに至っているのでは?と言う思いもありますが、この事件だけは、折々鮮明に思い起こす事があり、自責の念に駆られ亡くなった被告以外の、再販を重ねる男達に、亡くなられた被害者とご両親の無念を、思わずには、居られないと思っています。今になっても反社会的生き方が続くならば彼らに、安住の地が未来等在る筈がないと、断言したいと思っています。亡くなられた被害者とご両親に、改めて追悼の念と彼らを常に見つめている社会で、常にあり続けて欲しい社会の仕組みを願っています。合掌・・・

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