吉川ひなのさんと言えば、ハワイでの優雅な生活を発信しながら、現在はヨガ講師、モデル活動、そして自身が興した会社の経営者として活躍されています。
長年日本の芸能事務所に所属していましたが、2021年1月で独立。
2015年にハワイに移住してから10年以上が経過しましたが、先日飛び込んできた「離婚」のニュースには驚いた方も多いのではないでしょうか。
13年間連れ添ったお相手は一般の方ですが、一体どういった人物で、何をされている方だったのでしょうか?
今回は、離婚を発表された吉川ひなのさんの元旦那(夫)の職業や人物像にスポットを当てたいと思います。
吉川ひなのの元旦那はどんな人?職業や再婚時の情報を整理
2024年11月、吉川ひなのさんは自身のInstagramなどでパートナーシップの解消(離婚)を発表しました。
出典元:nikkan-gendai
これは、1999年にIZAMさんとの結婚生活が終わって以来、2度目の離婚となります。
今回の離婚は、13年間の結婚生活を経て、3人の子どもを持つ親として話し合った末の「新しい家族の形」への決断だったと語られています。
では、13年間を共に過ごした元旦那さんはどのような方だったのでしょうか。
時計の針を少し戻し、再婚を発表した2011年9月14日当時の情報を振り返ってみます。

吉川ひなのさんと言えば、1999年2月に19歳でビジュアル系バンドSHAZNAのボーカル・IZAMさんと結婚し、世間を驚かせました。

しかし、わずか7カ月での離婚となり、当時は「ままごと婚」などと揶揄されたのも有名な話です。

そこからおよそ12年後、31歳になった吉川ひなのさんが再婚相手に選んだのが、今回離婚された元旦那さんです。
当時の公式発表では、お相手の職業は音楽やファッション関係の会社社長(当時36歳)と紹介されていました。
吉川さんより5歳年上で、授かり婚(できちゃった結婚)でもありました。
公式に発表されたのは「会社社長」という情報だけで、一般人のため名前や顔写真は伏せられており、当時はどこの誰なのか詳細までは分かりませんでした。
再婚当初から囁かれていた元旦那に関する黒い噂

通常、芸能人の結婚報道であれば祝福ムード一色ですが、吉川ひなのさんの再婚時(2011年)は、発表直後からお相手に関してある「訳アリ」な噂が飛び交っていました。
世間一般への公表はこの時が初めてでしたが、実はマスコミ関係者の間では、交際当時からお相手に関する情報はある程度知れ渡っていたようです。
しかし、当時メディアが事実確認のために所属事務所へ取材しても、「交際などしていない」「事実無根だ」と頑なに否定されていたと言われています。
ちなみに独立前、吉川さんが長年所属していた事務所は、新垣結衣さんらも所属していた大手プロダクションレプロエンターテインメント(親会社は業界大手のバーニング系列)でした。
当時はその強力な事務所パワーでネガティブな報道を抑え込むことが出来ていたようですが、最終的には授かり婚という形で発表せざるを得なかったというのが実情のようです。
当時から囁かれていた噂、それはお相手が「関東連合」に近い人物ではないかというものでした。
再婚発表前にも、タトゥー入りの会社経営者と交際中であるとスクープされかけましたが、前述の事務所による完全否定により、彼氏の存在そのものがメディア上から抹殺されていた過去もあります。
元旦那の正体と言われる人物は保科爵介(ほしなたかすけ)

では、離婚するまで13年間その素性が隠され続けた訳アリの元旦那とは一体誰だったのでしょうか。
名前が伏せられ続けていた理由として、ネット上で最も有力視されているのが、彼が元関東連合OBであり、2002年に当時の交際相手とのトラブルを巡って恐喝未遂で逮捕された過去があるからだ、という説です。
もちろん、吉川ひなのさんご本人が認めたわけではないため、ハッキリとした確証がないことはお伝えしておきます。あくまで限りなく事実に近い噂レベル…という扱いです。

これらの過去の報道や状況証拠から割り出され、元旦那として名前が挙がっているのが保科爵介(ほしなたかすけ)さんです。
離婚発表に際しても、吉川ひなのさんは元夫の名前や顔を明かしていません。そのため、最後まで公式な意味での裏付けはなされなかったことになります。
結婚生活中、吉川ひなのさんのSNSには度々仲睦まじい家族の写真が掲載されていましたが、ついに旦那さんの顔が分かる画像が投稿されることは一度もありませんでした。

上記のようなシルエットや後ろ姿、あるいはスタンプで隠されたものばかりで、徹底して顔出しNGが貫かれていました。
ただ、具体的な逮捕歴などのディテールが報道と一致していることからも信憑性はかなり高く、多くのメディアや噂系サイトでは「元旦那=保科爵介さん」として扱われています。

ちなみに彼の名前で検索した際にヒットするのがこの項に掲載している画像ですが、ネット上に出回っているのはこの1枚のみです。
これが本当に保科爵介さん本人なのか、そして吉川ひなのさんの元旦那さんと同一人物なのか、決定的な証拠はありません。
過去の恐喝未遂で逮捕された当時も、顔写真が公に出回る事は無かったようです。
保科爵介氏に関する様々な黒いウワサの数々
保科爵介さんには、恐喝未遂の前科や元関東連合OBだという噂がつきまとっています。
関東連合と言えば、現在は解散しており組織としては存在しませんが、「暴対法」強化の遠因となった半グレ集団の一つとして悪名高いグループです。
そんな組織と関わりがあったと噂されることから、結婚当時から現在に至るまで、様々な黒い噂がネット上で囁かれ続けています。

詳細を一つ一つ検証するのは困難ですが、ネット上で語られている主な噂を箇条書きで整理します。
- 新宿ジャックスというチーマーグループの創設者の一人と言われている
- 千歳台黒帝会(関東連合の一組織)に加入していたという噂
- かつて「Nitro Production」というHIPHOP関連会社の社長を務めていた(現在は閉鎖)
- 2002年に恐喝未遂で逮捕されている(これは当時の報道あり)
- 所属していたとされる「関東連合」が警視庁から”準暴力団”に指定され、関係企業がマークされていた時期がある
- 「六本木襲撃事件」の主犯格である見立真一容疑者と、保科氏・吉川ひなのさんが親交があったという噂

これらが吉川ひなのさんの元旦那さんである、保科爵介さんにつきまとう黒い噂の数々です。
ただし、仮に保科さんが「関東連合」に関わっていたとしても、その時期は厳密には”準暴力団”に指定される前の話だと言われています。

見立真一容疑者との関係についても、地元の先輩(保科氏)と後輩の関係だっただけとも言われており、事件に直接関与した事実はありません。
つまり、純粋に保科さん本人の不祥事として確認されているのは、過去の恐喝未遂での逮捕歴のみと言えます。
それ以外の噂は、関東連合という組織の悪名によって尾ひれがついたものも多いようです。
【離婚後】元旦那の現在の職業は?ビジネスパートナーの可能性も
様々な過去の噂がある保科さんですが、吉川ひなのさんと結婚して以降、何か問題を起こしたような報道は一切ありませんでした。
では、離婚した現在はどういった仕事をしているのでしょうか?
結婚当初の「音楽・ファッション関係の会社社長」という情報以降、具体的な会社名は公表されていません。
しかし、吉川ひなのさんは2021年頃からオーガニックコスメブランドなどの事業を本格化させ、自身も社長として活動しています。 一説には、経営ノウハウを持つ元旦那さんが、裏方として彼女のビジネスを支えていたのではないかとも言われています。

実際、離婚発表時のコメントでも「夫婦という在り方を見直し、新しい家族の形を目指す」としており、完全に縁を切るわけではなく、子育てやビジネスにおけるパートナー関係は継続する可能性が高そうです。
ハワイでの生活についても、離婚前はイクメンとして変貌を遂げた様子が伝えられていました。
結婚当初は家事に非協力的で、仕事が終わるとすぐに飲みに出歩いてしまうタイプだったそうですが、ハワイという環境が彼を変えたと吉川さんは過去に語っています。
ハワイでは「家族との時間が最優先」という価値観が根付いており、その影響で彼も少しずつ「良きパパ」へと変わっていったようです。
離婚という結論には至りましたが、13年間で築き上げた「子供たちの父親」としての信頼関係は、今後も続いていくのかもしれません。
現在、彼がハワイに留まっているのか、日本に戻ってビジネスをしているのかは不明ですが、引き続きハワイと日本を行き来する生活を送っていると推測されます。
なぜ二人はハワイ移住を選んだのか?離婚後に振り返る独自考察
離婚という結末には至りましたが、吉川ひなのさんご家族は2015年から10年以上ハワイでの生活を続けてきました。
一時期はアメリカのLAにも拠点を移していましたが、最終的にはハワイに戻っています。
なぜ彼らは日本を離れ、海外移住を選んだのでしょうか?
表向きの理由は既に語られていますが、改めて振り返ると、そこには「元旦那との関係」や「複雑な家庭環境」も深く関わっていたのではないかと推測できます。
表向きの理由は「芸能人・吉川ひなの」からの脱却

2015年の移住前、2012年に生まれた長女も含め、家族は東京で生活していました。
しかし、都内で暮らしていると、一歩外に出れば常に人の目が気になり、「芸能人:吉川ひなの」としての振る舞いを強いられてしまいます。その結果、家庭内でもオンとオフの切り替えがうまく出来なくなってしまったそうです。

このことが大きなストレスとなり、移住を決意したと過去のインタビューで語られています。
生まれも育ちも東京である彼女にとって、日本にいる限り「気の休まる場所」がなかったのかもしれません。
ただ、2012年のSNS開設当初からハワイの写真が頻繁に投稿されていたことからも、かなり早い段階から「日本脱出」の計画は進んでいたように見受けられます。
【裏の理由】夫の黒いしがらみと「毒親」からの逃避行だった?
12歳でデビューし、華やかな芸能生活を送ってきた吉川ひなのさんですが、その裏側には壮絶な家庭環境があったことが近年、著書などで明らかになっています。
クォーターであることを隠されていた過去や、自身の両親との確執。著書では、稼いだお金のほとんどを搾取されていた過去も赤裸々に綴られています。

ハワイ移住のもう一つの大きな理由は、この毒親と言われた両親との物理的な決別にあった可能性が高いです。
その証拠に、吉川ひなのさんのSNSには両親の影が一切ありません。
実兄との写真は度々掲載されていましたが、それ以外の家族写真が全くないのです。

距離の問題で会えないだけなら、過去の写真や言及があってもおかしくありません。しかし完全に断絶しているかのような徹底ぶりです。
そして、元旦那である保科爵介さんの事情を重ね合わせると、さらに合点がいきます。
彼にとっても、日本は過去の黒い交友関係や噂がつきまとう場所でした。
特に、これから育っていく子供たちに、自分の過去のしがらみや、妻の複雑な親族関係の影響を及ぼしたくないという思いは、夫婦共通の強い願いだったのではないでしょうか。
「日本での生きづらさ」を感じていた二人にとって、海外移住はお互いの切りたい人間関係を断ち切り、子供を守るための最善の策だった。
そう考えると、離婚して形は変われど、二人が協力して子供を守ろうとする姿勢は、移住当初から一貫しているのかもしれません。
まとめ

再婚当初から現在に至るまで、謎のベールに包まれたままだった吉川ひなのさんの元旦那さん。 その素性は、
- 元関東連合OBの噂がある
- 過去に恐喝未遂の前科がある
と言われる保科爵介さんである可能性が極めて高いです。
しかし、数々の記事で名前が取り沙汰されているものの、離婚を発表した吉川ひなのさん自身からは、最後まで公表されることはありませんでした。
そのため、「保科爵介氏である可能性が高い」という域を出ないことは、情報の正確性を期すために頭の隅にはおいておきましょう。
吉川ひなのさんの元旦那についてのまとめです。
- 吉川ひなのさんは2024年11月に、13年間連れ添った一般人の夫との離婚(パートナーシップ解消)を発表
- お相手に関しては、結婚当初から黒い噂が絶えなかった
- 最も有力視されている人物は、保科爵介(ほしなたかすけ)さん
- ネット上に彼と思われる顔写真は1点しか存在しないため、本人確認のハードルは高い
- 保科氏には過去に恐喝未遂の前科があり、”準暴力団”関東連合のOBという噂がある
- 離婚後の職業や生活拠点は不明だが、吉川さんのビジネスを支えるパートナー関係は継続している可能性がある
- ハワイへ移住した理由は、表向きは「芸能生活のストレス」だが、裏には毒親との決別や、元夫の黒い人間関係との決別があったと推測される
- 離婚はしたが、3人の子供たちにとってはこれからも大切な父親であり、新しい家族の形を築いていくと思われる
2021年に発売された著書で、吉川さんは過去に両親から稼いだお金のほとんどを搾取されていた事実を告白しています。
19歳でのIZAMさんとの電撃婚も、実は両親から逃げるための手段だったと、今振り返れば理解できます。
今回の元旦那さんとは、結婚までに5年の交際期間がありました。
その期間でお互いの抱える「家族の闇」や「過去のしがらみ」を共有し、理解し合っていたはずです。
吉川さんは元夫の過去の噂を受け入れ、元夫は吉川さんの家族との確執を受け入れた。
そんな二人だからこそ、日本を離れてハワイへ移住するという決断は、お互いにとって、そして何より生まれてくる子供たちの未来を守るための最善の選択だったのではないでしょうか。
夫婦という形は終わりましたが、彼らが子供たちへの愛情を持って出した「新しい家族の形」という結論を、温かく見守りたいと思います。
さて、記事の途中で毒親から離れるためにハワイに移住したとお伝えしましたが、それほどまでに彼女の生い立ちは悲惨だったのでしょうか?
詳しく調べてみたら、本当に酷すぎる両親であることが明らかになりました。彼女の壮絶な過去についてはこちらの記事で詳しくまとめています。



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