2012年9月2日、六本木5丁目のクラブ店内で1人の男性客が複数の犯人に金属バットで殴られ死亡するという事件が起きました。
事件からかなりの月日が経ちましたが、未だ逃走を続けているのが主犯格だった見立真一です。
見立真一の懸賞金の上限額は600万円となっていますが、
彼が無事逮捕される日は来るのでしょうか。
そこで今回は見立真一は現在どこにいるのか調査してみました。
“どこに潜伏しているのか”ということや”死亡している可能性はあるのか”ということについても気になったのでまとめていきたいと思います!
見立真一は時効が成立せず今も全国を逃げ回っている
関東連合の元リーダーで、六本木の事件が起こる前からさまざまな悪態を繰り返しており、残虐皇子の異名を持つ見立真一ですが、現在も逮捕に至っていません。
彼が逃げ回ることで時効の成立を恐れている方もいらっしゃるようですが、見立真一の場合は殺人罪だから時効がありません。
傷害致死を主張しても海外に逃亡してるので時効は停止しているのでご安心ください。
さて、そんな見立真一が現在どこにいるのか気になっている方もいるのではないでしょうか。
上述した様に海外に逃亡した場合は時効が停止され、逃げ続けるにもお金が要ります。国際的に指名手配されているので、逃亡生活はさぞ大変でしょう。
ネットでは見立真一の潜伏先がフィリピンとの情報も出ているようですが、見立真一は本当にフィリピンで潜伏生活を送っているのでしょうか?
2024年現在もフィリピンに潜伏している可能性が高い
調べたところによると、やはり見立真一がフィリピンに潜伏しているとの情報は有力であるということがわかりました。
見立真一は「後輩が捕まれば自分は逃げ切れると考えていた」と関東連合の元最高幹部だった柴田大輔氏は話しています。
「まだ見立君と連絡を取っているメンバーはいるようです。現在フィリピンの離島にいる彼は、マフィアとも反政府軍団とも言われる人たちに匿われていると聞く。一時期、ペルー国籍を取って逃げ切るという話もあったけど、整形し顔も国籍も変えて日本に密入国する可能性もあるでしょう。」
柴田大輔氏の話が本当であれば、見立真一がフィリピンの離島にいる可能性は非常に高いのではないかと思います。
また、柴田大輔氏は関東連合について以下のように語っています。
「完全に関東連合に対する気持ちは切れた。僕の『関東連合元最高幹部』っていう肩書きは恥ずかしくてしょうがない。一人では喧嘩もできない連中なんですよ。関東連合なんて虚像です。」
このコメントから、柴田大輔氏が見立真一を庇って偽の潜伏先を公表しているというわけではなさそうなので、信憑性がありますね。
ちなみに柴田大輔氏は過去にも関東連合から足を洗いたいと思っていたことがあるようですが、当時は見立真一の後輩をまとめており、防波堤ともなっていたので脱退できなかったとか…
当時から見立真一は相当恐れられる人物だったということがわかりますね。
また、関東連合のOBが見立真一の人物像について語っているコメントがこちら。
「見立はとにかく頭の回転が速く切れる男だ。何をするにも用意周到、準備万端。頭が良いというだけでなく、暴力的なことをするにしても容赦なく徹底的にやる。カネもかなり持っている。いまはフィリピンにいるが、一生暮らせるだけのカネもあるし、現地での生活に不自由しないしっかりとした支援者がいると聞いている。とにかく大した男だ。関東連合は一時期、活動を停止していたが、見立が関東連合のOBたちを集めて色々な仕事をしていたようだ。」
この情報では、この”カネもかなり持っている”とのことですが、逃走資金はどうしているのでしょうか?
柴田大輔氏によると、見立真一は関東連合の仲間や支援者に募って逃走資金を集めたようです。
当初は逃走資金として「1億円」を目標にしていたのだとか。
逃走資金を要求された仲間の中には納得できていない人もいたようですが、手切金だと考えていた人もいたようです。
実際1億円が集まったのかは不明ですが、これだけあれば余裕で逃走を続けることができそうですね。
見立真一は、逃走資金を集めた後「日本には未練はない」と告げ、仲間と抱き合って別れを告げフィリピンへと飛び立ったのだとか。
2013年に密かに帰国していたことが判明
事件後、フィリピンへと逃走した見立真一ですが、実は事件の翌年である2013年3月21日に密かに日本へと帰国していたといわれています。
見立真一は暴力団幹部の男に手配ルートしてもらい、フィリピンからタイ経由の海上ルートで入国していたのです。
そして、広域暴力団の幹部の男性に5000万円を払い、偽造パスポートの作成を頼んだそうです。
見立真一は国際手配をかけられているので帰国となると彼にとってはかなり危険な行為であるにもかかわらず、なぜ帰国したのでしょうか。
見立真一が帰国した際に彼に会ったという人物さ以下のように語っています。
「4月に2回、見立に会いました。”我々”がよく利用する千葉のホテルで一緒になったんです。見立は何回かそこに泊まっていたようです。帰国した理由を聞くと『金を取りに帰ったんですよ。いろいろ集金しなくちゃいけなくて』と言う。それなら少なくとも1千万円から2千万円は作るんだろうなと思いましたね。ただ、どうやって戻るんだろうと。話した時間はわずかでしたけどね。」
見立真一は、お金が必要になって集金するために帰国したのですね。
出国前の集金ではお金が足りなかったということなのでしょうか。
となると出国前の集金ではそんなに逃走資金が貯まっていなかった可能性が高いですね。
見立真一に会った人物いわく、見立真一は長めの髪の毛にあごひげといった風貌で、指名手配で使われている写真とはまるで別人のようになっていたそうです。
長い間逃走を続けており未だ見つかっていないのは、見立真一が整形をして自身の顔を変えているからなのかもしれないですね。
逃走資金として集めたお金を整形に使っている可能性もありそうです。
2016年にも帰国していたとの情報
2013年に一時帰国し、再びフィリピンへと戻ったとされる見立真一ですが、実は2016年にも帰国していたとの情報があります。
詳しい情報がないので本当に2016年に帰国していたのかは不明ですが、資金集めに帰ってきていた可能性もゼロではないでしょう。
ただ、この時も逮捕には至らず現在も見立真一はどこかで逃走を続けています。
2019年の目撃情報!マレーシアに移動
フィリピンで逃走生活を送っているとされる見立真一ですが、2019年にまたしても目撃情報があったようです。
ネットの書き込みによるとフィリピンを離れてマレーシアに移動しているというもの。
「マレーシア経由でシンガポールへ。色々と会って仕入れてまた戻ると。過去身内でもテメーの事が嫌いでバレねー様に小出しして追い込む人間もいるってこった。俺らが上手かったのはあの時代に出世しそうな悪人タイプのデコにたっぷりと銭吸わしてた事だな。そいつ等が出世した今、肝心な場面ではソレが効いてる。俺みたいに、過去を切りたく見立の糞ガキのとかさっさとパクらせたい人間には足枷になっちまってるがな。」
「見立ならタイ南部にいるって聞いたぞもうマレーシアにはいないと思うぞ」
この情報については本当なのかは定かではありませんが、まるで関係者かのような書き込みであることは間違いないですね。
なのでただ単にデタラメで投稿された書き込みとは言い切れないのではないかと思います。
また、フィリピンの離島からマレーシアまでは地理的に見ても比較的距離が近いです。
そして、飛行機を利用するよりも船での移動の方が入国審査がゆるい可能性があります。
このことから見立真一がマレーシアに逃亡したとの情報は有力だと言えます。
見立真一の逃亡先について警視庁は以下のような見解を出しています。
『手配の男は、事件直後海外に逃亡していますが、既に、日本に帰国し国内に潜伏している可能性も十分考えられます。予想される立ち回り先としては、東京都内、静岡県内、埼玉県内及び宮城県内が考えられます。』
本当に日本に帰国しているのであれば、1日も早い逮捕を望むばかりです。
見立真一が死亡している可能性はあるのか?
指名手配をされているにもかかわらず、何年経っても逮捕に至らないため、ネットユーザーの間では「見立真一は死亡したのでは?」との噂が飛び交っています。
指名手配されているので、目撃情報があってもいいように思いますが国内では有力な情報がないため、すでに死亡していると考えている人もいるようですね。
しかし、先程も紹介した通り見立真一は指名手配の写真とは別人のように見た目が変わっているそうなので、なかなか逮捕に至らないのではないかと思います。
一方で、死亡しており見つからない可能性も十分考えられるのではないでしょうか。
もし生きているとすれば、見立真一が常に誰かに逃走をサポートしてもらっていることは間違いないですね。
見立真一が逃亡している理由は「木村兄弟への復讐」
未だ逃亡し続けている見立真一ですがそもそも彼が逃亡した理由とは何だったのでしょうか。
まず考えられるのが単純に”捕まりたくなかった”ということです。
そして、もう一つの理由として六本木の事件で本来ターゲットとなっていた木村兄弟に復讐をするためだと言われています。
「A兄弟への復讐です。’08年3月、西新宿で元関東連合のB氏が撲殺されている。B氏は殺される前に関西の暴力団に属していたA兄弟とトラブルを起こしていたんです。六本木での襲撃事件の際、現場となったクラブにA兄弟の弟がいるという情報をつかみ襲撃したが、人違いだった。だから見立容疑者は、A兄弟に対する復讐が終わらない限り出頭はしない」
「A兄弟」というのは見立真一が復讐をする可能性がある木村兄弟のことですね。
見立真一は、自身がリーダーとなっていた関東連合と親しかった金村剛弘(かねむら たかひろ)を殺したのが木村兄弟だと信じているから、復讐を果たそうとしているようです。
木村兄弟はどちらも逮捕され刑務所の中にいる
見立真一のターゲットとなっている可能性のある木村兄弟は、現在どこで何をしているのか気になりますよね。
弟の木村孔次郎は、大麻取締法違反の疑いで2017年2月27日に東京都墨田区の路上にて逮捕されています。
逮捕時は、木村兄弟の弟とは報じられず打越スペクターの元幹部となっていました。
伝説の不良として知られていた木村孔次郎ですが、映像を見るとその面影はありませんね。
一方兄の木村泰一郎は北海道札幌市で万引きをしたとして2015年に逮捕されています。
どちらにしても昔ほどの勢いはなくなっている印象を受けるので、もし本当に見立真一が復讐を考えているのであれば、あまり意味のあることには思えません。
見立真一が残虐皇子になるまでの生い立ちについて
見立真一は関東連合のリーダーで幹部の間でも恐れられる存在だったようですが、なぜ彼は悪行を繰り返すようになったのでしょうか。
生い立ちが気になりますよね。そこで見立真一の生い立ちについて調査してみました。
見立真一は、1979年3月16日に静岡県沼津市に生まれています。
父親は特に暴力団をしていたわけではなく、タクシー運転手として働いていました。
兄弟は姉が1人いて、側から見ても何の問題もない仲のいい家族だったようです。
一般的にみても不良になる経緯は幼少期の家庭環境などが影響しているケースが多いですが、見立真一の場合は意外にも普通の家庭だったのです。
彼は生まれ育った静岡を離れて家族とともに東京都杉並区に引っ越しています。
見立真一が引っ越した当時、東京ではいくつかの不良グループが存在していました。
そして、その不良グループが集まってできたのが関東連合です。
今でこそ想像がつきませんが、見立真一は学生時代勉強も出来て成績がよく真面目な性格だったようです。
しかし、何がきっかけになったのか見立真一は中学2年生で不良グループに加入しています。
不良になった原因は精神的に病んでいたからなのではないかと言われており、猫を投げたり他にも残虐な行動を繰り返していたのだとか。
不良グループの一員になった後、杉並区立井荻中学校を卒業し、不良が集まることで有名な都立永福高校に進学しています。
見立真一が入学した当時もやはり不良生徒が多く暴走族とも関係があったようです。
見立真一はこの時からすでに手に負えないほどの不良になっており、高校は卒業することなく2ヶ月ほどで退学しています。
静岡から東京に引っ越したことが彼の転機となったようですね。
もし静岡に住み続けていたら真面目な性格のままだったのかもしれません。
その後、見立真一は自身が中心となって結成した「永福町ブラックエンペラー」のメンバーとともに一時的に消滅状態にあった関東連合を復活させます。
復活した関東連合はこれまでにも増して強力になっており、その残虐ぶりが恐れられ一気に関東連合の名前を知らしめました。
見立真一がリーダーとなった関東連合は、威嚇行為や喧嘩、凌辱、抗争、拉致監禁、脅迫をして活動しており、抗争相手を半殺し状態にまですることもあったのだとか。
果たして彼は今現在何を思っているのか…真相が気になるところです。
さて、そんな見立真一さんですが、一体なぜここまでワルの道に進んでしまったのでしょうか?
両親から虐待を受けていたとか、そう言ったことが全く無かったようなので、彼がこうなってしまった原因が気になりますよね(-_-;)
気になる方はこちらの記事をご覧ください。
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