ZARD坂井泉水の死因の真相は事故現場に…子宮頸がんとうつが原因?

ミュージシャン

ミステリアスで儚げな美人というイメージが特徴的だったZARDの坂井泉水さんは、2007年に享年40歳という若さで突然この世を去ってしまいました。

死因は転落による脳挫傷と公表されており、警察は捜査の結果「事故死」と判断しました。

しかし、坂井さんの最期を「事故死」と結論づけるには非常に不可解な点もあることから、事故では無いのでは?と疑問を持っている方も多いようです。

この記事では、そんな哀しい最期を迎えたZARDの坂井泉水さんの謎が残る死の真相について、また坂井さんが眠っているとされているお墓の場所についてまとめました。

スポンサーリンク

伝説の歌姫:ZARD坂井泉水のプロフィール

本名:蒲池 幸子(かまち さちこ)

誕生日:1967年2月6日

死没日:2007年5月27日(40歳没)

血液型:A型

出身地:神奈川県平塚市

学歴:松蔭女子短期大学卒業

レコード会社:ビーイング所属

出典元:ウィキペディア

1991年に坂井泉水さんを中心とした音楽ユニットである、ZARDのボーカリストとしてデビュー。

ZARDの楽曲ほとんどの作詞を手掛け、93年に発売したシングル「負けないで」は164万枚の超大ヒットソングとなりました。

その後に発売したシングル「揺れる想い」「マイフレンド」も100万枚を突破し、亡くなられた07年当時のCDやDVDの総売り上げは、3600万枚を超えており、90年代を代表する女性アーティストへと駆け上がりました。

露出を控えた「ビーイング商法」

 

この投稿をInstagramで見る

 

#ZARD #坂井泉水 #5月27日 命日

kenichi murotaniさん(@ichiken.m)がシェアした投稿 –

坂井さんは歌手としてデビューする以前、モデルやレースクイーンなどの仕事をしていましたが、「TUBE」や「B’z」などを手掛けた音楽プロデューサー、長戸大幸氏に才能を見いだされ、長戸氏の音楽事務所「ビーイング」に所属することになりました。

ビーイングではメディアへの露出を控える事によってアーティストの価値を上げる、通称「ビーイング商法」という戦略がよく取られており、極度のあがり症だった坂井さんとは相性がピッタリだったようです。

ミリオンヒットを連発していたZARD坂井泉水さんがテレビ番組に出演したのはわずか数回で、ファンの前に生の姿を見せたのは99年のライブと、04年のライブツアーだけでした。

それ故に坂井さんの存在自体が非常にミステリアスなものとなっていき、「儚げな美人・坂井泉水」というイメージが出来上がって行きます。

ミステリアスで神秘的な彼女だからこそ、今でもファンが多いのでしょうね…

スポンサーリンク

ZARD坂井泉水の死因の真相!本当に事故死?

 

この投稿をInstagramで見る

 

今日は命日ですね、この先も1番好きな女性アーティストです(´∀`) #ZARD #坂井泉水

masa@TeamBaaanさん(@masakane4818)がシェアした投稿 –

2007年5月27日。

突然の訃報が日本全国を駆け巡り、衝撃と悲しみに包まれました。

「ZARDの坂井泉水さんが病院で転落死」

 

この投稿をInstagramで見る

 

命日。毎日仕事の前ルーティンとして負けないでを聴いています。歌詞がインパクトがあって、心に響く。 #zard #坂井泉水 #このジャケ写好き

Miho m(_ _)mさん(@pinpon.xx)がシェアした投稿 –

事故現場が病院であること、自殺ではなく転落死であるということ、坂井泉水さんの人物像やプライベートなども謎のベールに包まれていた為、様々な疑問が残る報道でもありました。

坂井さんは、なぜ病院にいて、どうして転落死という哀しい最期を迎えてしまったのでしょうか?

子宮頸がんの為入院。ステージは?

1991年にデビューして以来、数々のヒットソングを生み出してきたZARDの坂井泉水さんですが、2000年以降は「子宮筋腫」「卵巣のう腫」「子宮内膜症」と次々に病気を患っていたようです。

2006年39歳の時には仕事中に体調が悪化したため、病院で検査を受けたところ「子宮頸がん」が発見され、慶應義塾大学病院で子宮全摘出手術を受けます。

ステージについては、軽いとか重いとか色々言われていますが、明らかになっていません…

出典:deskgram.net

2007年4月には、肺に癌が転移しているのが見つかったため慶應義塾大学病院へ再入院し、抗がん剤による治療をしていましたが、その入院先の病院で転落事故に遭い帰らぬ人となってしまいました。

スポンサーリンク

事故現場は、3mのスロープ【画像】

坂井泉水さんは2007年5月26日の早朝5時40分頃、入院先の慶應義塾大学病院の駐車場で、頭から血を流し仰向けで倒れている所を通行人に発見されました。

病棟脇にある高さ3m程の非常用スロープから転落したと見られており、その後集中治療室で緊急処置を受けますが、翌27日の午後15時10分に死亡が確認されました。

死因は後頭部強打による脳挫傷

28日に所属事務所は坂井さんが亡くなったことを発表し、「坂井泉水が数々のヒット曲とともに、いつまでも皆様の心の中に生き続けることを願ってやまない」とのコメントを出しました。

また、癌による闘病中であったことも公表され、この時に癌を患っていた事を世間が初めて知ることになりました。

所属事務所は「最近の日課だった散歩を終えて病室に戻る途中、前日の雨の影響で足を滑らせた」と説明。

出典元:日刊スポーツ

発見時は外出用の服装で、病室のベッドには脱ぎ捨てられたパジャマがあり、遺書や身辺整理の跡もなく、自殺の兆候は無かったと言います。

放射線、抗がん剤治療で肺がんも確実に縮小し、体力回復のため、病院の敷地内を精力的に歩いていた。

10月発売予定だった同アルバムの写真撮影も進められ、制作途中の楽曲も多数あった中、誰も予期できない悲劇が待っていた。

出典元:日刊スポーツ

度重なる発病や闘病生活にも耐え「しっかり治して、秋に新作(アルバム)を発表したいね。全国ツアーもやりたいよね」と前向きに頑張り、復帰に向けて着実に準備を進めていた最中に起きた悲劇に胸が痛むばかりです。

なぜ警察は事故死と判断したのか?

捜査関係者によると、手すり部分には手の跡が残っており、腰を掛けていてそのまま後方に誤って転落したとの見方が有力なようです。

また、仮に飛び降り自殺を決意した場合、通常であれば3mの高さは自殺で飛び降りる高さではないですし、身の回りの整理もなにもされていなかったとのことなど、様々な状況から事故死と判断されました。

遺書や身辺整理をした様子もなく、復帰にも意欲的であったという点も自殺ではなく事故死と判断される要因だったのではないでしょうか。

それでも拭いきれない自殺説とは…

出典:CYのブログ

転落による事故死と発表された坂井さんの悲劇的な最期ですが、一方で事故ではなく自殺ではないか?という疑惑が払拭されていないのも事実です。

人々が疑惑として挙げているひとつに、所属事務所が発表した“前日の雨の影響で足を滑らせた”という説明が不自然という意見があります。

出典:バズログ!

事故現場である病院のスロープの写真を見ると分かるように、スロープには 高さ1,2mの手すりがあり、駐車場側へ落ちるにはこの手すりを乗り越えなければならない為、事務所による説明では無理があるように感じているのでしょう。

また、自殺の可能性がある理由として「うつ病」だったのでは?という説もあります。

2000年以降から続いていた度重なる病気や子宮頸がんによる子宮全摘出手術、そして肺への癌転移などで悲観的になってしまい“うつ病”を発症し、突発的に自殺という行動に出てしまったのではないか?というものです。

また、2ちゃんねる掲示板には、転落したとされる時間に「病院の裏からZARDの曲を歌っている人がいる」という書き込みがされていたという噂もあったようです。

坂井さんの転落事故は目撃者もおらず、状況証拠も不確かなことから真相を解明するのは非常に難しいのかも知れませんね。

スポンサーリンク

坂井泉水のお墓の場所は、横浜みどりの里

「負けないで」「揺れる想い」「マイ フレンド」など9作でミリオンヒットを記録しているZARDのボーカル坂井泉水さんの歌声は今もなお人々の心に生き続けており、命日である5月27日にはファンの方々が花を手向けにお墓へと訪れているようです。

お墓の場所は非公開としながらも、多くのファンの間では知られた場所となっており、その場所というのが、神奈川県横浜市にある「横浜みどりの里」という霊園です。

坂井泉水さんのお墓は、メインの「永遠」と刻まれた石の横にある「緑色のモニュメント」とされており、そこに坂井さんのお写真がプリントされ、本名の蒲池 幸子(かまち さちこ)という文字も刻まれているそうです。

住所:神奈川県横浜市緑区長津田4212

電話番号:045-989-1005

開園時間:9:00~17:00(年中無休)

行き方

●JR横浜線「長津田駅」から徒歩約15分

●東急田園都市線「つくし野駅」から徒歩約12分
●東名横浜町田I.C.・国道16号方面からR246の信号「長津田」左折→約5分

●東名横浜青葉I.C.・市ヶ尾方面からR246の信号「下長津田」右折→旧道を約5分

出典元:いいお墓

命日である5月27日や誕生日の2月6日にはファンの方々がお墓参りに訪れていらっしゃるようですね。

いつまでも愛され続けている坂井泉水

 

この投稿をInstagramで見る

 

十三回忌 #zard #坂井泉水 #献花 #大阪 #北堀江 #ビーイング #being

Yoshinobu Machidaさん(@machidays)がシェアした投稿 –

坂井泉水さんの命日である5月27日には、毎年ビーイング鳥居坂ビルやビーイング 大阪支社に献花台が設置され、多くのファンの方々が献花に訪れていらっしゃいます。

たくさんの花束に埋め尽くされた献花台と坂井さんの思い出の写真に囲まれた空間は、とても愛に満ちあふれていることが、映像からも伝わって来ますね。

12年前の訃報の際に所属事務所がコメントした「いつまでも皆様の心の中に生き続けることを願ってやまない」という思いは、間違いなく現実のものとなっているようです。

ZARD坂井泉水の哀しい最期の真相まとめ

 

この投稿をInstagramで見る

 

#ZARD #izumisakai #坂井泉水

DML46さん(@komet_mz_official)がシェアした投稿 –

2000年以降の坂井さんは、「子宮筋腫」「卵巣のう腫」「子宮内膜症」と次々に病気を患い、2006年には「子宮頸がん」による子宮全摘出手術を受けていた。

2007年には肺に癌が転移しており、抗がん剤治療の為に入院していた病院で不慮の事故に遭い「転落死」という哀しい最期を迎えてしまう。

しかし、目撃者がいなかったことで様々な憶測が飛び交い、私たちの間では真相は未だに分かっていない。

 

この投稿をInstagramで見る

 

#ZARD #izumisakai #坂井泉水

DML46さん(@komet_mz_official)がシェアした投稿 –

坂井さんを偲ぶファンの方々は、命日の5月27日や誕生日の2月6日には横浜にある「横浜みどりの里」という霊園へと出向いている。

所属していたレコード会社ビーイングでは、坂井さんの命日に献花台を設けており、たくさんの方が献花に訪れている。

 

この投稿をInstagramで見る

 

そっか、今日はZARDの坂井泉水さんの命日なのか。 唐突しすぎて実感が無さすぎた、そんなにメディアにも出てないのがその気持ちをヨリ強くしたと思う。 ただ一つ言えるのがビーイングの音楽はZARDと坂井泉水さんの存在が大きかった、DEENやFILD OF VIEW~和久さんのWANDSもそうだし多分坂井さんが居なければ生まれなかった名曲は沢山あったと思う。 90年代のビーイングの象徴”そう思える位大きすぎる存在だったと思う。 今も残された方やファンがZARD~坂井さんの詩を歌い続けて残してくれている。 その度に心では貴女の存在が生きている”そう思います。 不謹慎かも知れないが今日は命日と言うより坂井泉水さんに感謝のする日だと思います。 ありがとう坂井泉水さん。 #ZARD #坂井泉水

マッサキさん(@masaki1984828deen)がシェアした投稿 –

様々な病魔に冒されながらも、負けずに復帰を目指し最期まで走り抜けた坂井泉水さん。

どんなに遠く離れていても、永遠に私たちの心の中に生き続けてくれることでしょう。

コメント