今は亡き大スター、西城秀樹さん。
病に倒れてからもステージに復帰しようと、懸命にリハビリに励む姿は多くの人の心を打ちました。
他界された時は芸能界だけでなく、日本中が深い悲しみに包まれましたね。
そんな西城さんには、とても面倒見が良く、生涯にわたって弟を支え続けたお姉様がいらっしゃいます。
実は、西城さんの最愛の妻となる女性を紹介したのも、このお姉様だったと言われています。
一方で、「大物組長の妻だったのでは?」「すでに亡くなっているという死因の噂は本当?」など、ミステリアスな噂も絶えません。
波乱万丈で魅力あふれるお姉様の人柄や、西城さんとの深い絆について詳しく紐解いていきましょう。
西城秀樹の姉・木本絵里子とは?宅見勝の本妻や内縁の妻の真相
- 西城秀樹さんの姉の名前は木本絵里子さん(9歳年上)
- 大阪・北新地のホステスを経て人気飲食店を経営
- 山口組のナンバー2・宅見勝氏の「内縁の妻」として知られる
まずは、西城秀樹さんご本人の基本情報を振り返ってみましょう。
| 本名 | 木本龍雄(きもと たつお) |
|---|---|
| 生年月日 | 1955年4月13日(享年63歳) |
| 出身地 | 広島県 |
| 家族構成 | 両親・姉(絵里子さん)・兄 |
西城さんは音楽好きの父親の影響で幼少期から洋楽に親しみ、ジャズスクールでドラムを学んでいました。
小学校5年生の時には、お兄様と一緒にエレキバンドを結成。ご自宅のリビングには楽器が並び、家族みんなで音楽を楽しむ温かい環境だったそうです。
お兄様とのバンド経験や、陰ながら弟の夢を応援し続けたお姉様の存在が、トップ歌手へ駆け上がるための大きな支えとなっていました。
姉の経歴は?ホステスから人気店の経営者へ
西城さんの姉である絵里子さんは一般の方であるため、顔写真などの詳細なプライバシーは公開されていません。
しかし、西城さんより9歳年上で、非常にバイタリティあふれる魅力的な女性として関係者の間では有名な存在です。
夜の歓楽街として知られる大阪・ミナミのネオン街。かつて絵里子さんは、その中心地にあったクラブ「朱雀」などでホステスとして働いていたという説が有力です。
写真こそ公開されていませんが、美しいドレスに身を包み、華やかなオーラを放ちながらも誰に対しても気配りを忘れないお人柄で、多くのお客さんから慕われていた情景が目に浮かびます。
その後、絵里子さんは経営の才能を開花させます。
「十三のナポレオン」というクラブを任された後、オーナーママとして「クラブ西城」というお店を出して大繁盛させました。
店名をつける際、西城秀樹さんの生みの親である関係者に「店に西城を使っていいかしら」と律儀に許可を求めたというエピソードからも、義理堅いお人柄が伝わってきます。
姉と宅見勝の関係|本妻ではなく内縁の妻だった?
絵里子さんについて語る上で避けて通れないのが、指定暴力団・山口組のトップ幹部であった宅見勝氏との関係です。
さまざまな噂が飛び交い「宅見勝の本妻だったのでは?」と気になっている方も多いようですが、事実は少し異なります。
| 宅見勝氏の立場 | 山口組の金庫番・仕切り役と呼ばれたナンバー2 |
|---|---|
| 絵里子さんとの出会い | クラブ「朱雀」でホステスと客として出会う |
| 2人の関係性 | 「本妻」ではなく「内縁の妻(パートナー)」 |
宅見勝氏は当時、組織の「金庫番」とも呼ばれ、バブル期には莫大な資金を動かしていたとされる伝説的な存在でした。
そんな彼には枚方市に住む本妻がいらっしゃったため、絵里子さんは「内縁の妻」という立場でした。
2人の出会いは、大阪市南区玉置町にあったクラブ「朱雀」だったと言われています。
当時、絵里子さんはホステスとして働いており、はじめは別の組長が彼女を気に入って通っていたそうですが、いつしか宅見氏の担当(係)になったとのこと。
その後、宅見氏は絵里子さんに「朱雀」を辞めさせ、自らの手で店を任せました。これが後の「クラブ西城」や「瀬里奈」など、経営者として大成功を収める大きなきっかけとなったようです。
絵里子さんには以前の結婚歴があり、宅見氏と出会った当時は4歳の娘さんがいらっしゃったそうです。そして1979年、宅見氏との間に男の子(後のグラミー賞ミュージシャン・宅見将典さん)が誕生しました。
多忙を極める大物でありながら、宅見氏は週の大半をミナミの絵里子さん宅で過ごし、本妻の家に戻るのは週に1日程度だったと言われています。
ネオン街の人々は彼女を「宅見ママ」「宅見姐さん」と親しみを込めて呼んでおり、実質的な「大物組長の姐さん」として誰もが一目置く存在だったそうです。
1982年には宅見氏の親族と絵里子さんを養子縁組させ、宅見姓を名乗らせたという話もあるほど、深く愛され、信頼されるパートナーでした。
西城秀樹の姉と宅見勝の関係に関連する現在の活動や死因の噂
- 過去に大阪で高級ステーキハウス「瀬里奈」を経営し繁盛させていた
- 各界のVIPが訪れるほどの人脈の広さを持っていた
- 店主として西城秀樹さんのファンにも気さくに接していた
- 息子はグラミー賞受賞ミュージシャンの宅見将典さん
- 西城秀樹さんの妻・美紀さんを引き合わせた恋のキューピッド
- 現在の詳細な状況や店舗の運営状況は公表されていない
絵里子さんはかつて、大阪市内で高級ステーキハウスを経営し、大成功を収めていたと言われています。
過去に週刊誌などで報じられた記事によれば、通称「宅見ビル」の2階に構えていたステーキハウス「瀬里奈」は、50人ほどが収容できる立派なお店だったとのこと。
絵里子さんの誕生日には、芸能界の著名人をはじめ、ゼネコン幹部や政治家、大学教授など、各界のVIPがこぞってお祝いに駆けつけたそうです。さまざまな分野に精通する、驚くべき人脈の広さですね。
西城さんと親交の深かった歌手の前川清さんが、メディアで「西城秀樹さんのお姉さんのお店に食事に行っている」とコメントしたことでも話題を呼びました。
実際に来店した常連客の口コミでも、「店主の女性が『実は私、西城秀樹の姉なんです』と気さくに話してくれた」というエピソードが語られています。帰り際に素敵なプレゼントをしてくれたという心温まる体験談もあり、大物でありながらも細やかな気配りを忘れない、サービス精神にあふれたお人柄が伝わってきます。
現在は店舗が移転、あるいは第一線を退かれている可能性が高く、詳細な消息は公表されていません。しかし、お店で常連客に「あの子(秀樹さん)は私の宝物なの」と嬉しそうに語っていたというエピソードからは、弟への深い愛情が色褪せることなく伝わってきますね。
姉と宅見勝氏の息子は誰?グラミー賞受賞の宅見将典
絵里子さんと宅見勝氏の間には2人のお子さんがいるとされていますが、そのうちの一人(息子さん)は、日本のみならず世界で活躍する超大物ミュージシャンへと成長しています。
| 名前 | 宅見将典(たくみ まさのり) |
|---|---|
| 職業 | 作曲家・編曲家・プロデューサー |
| 主な楽曲提供 | EXILE、AKB48、DAIGO、AAAなど多数 |
| 最大の功績 | 2023年 グラミー賞「ベスト・グローバル・ミュージック・アルバム賞」受賞 |
息子である宅見将典さんは、お父様である宅見勝氏の面影を感じさせる端正な顔立ちをされています。
プロデューサーとして才能を大きく開花させた彼は、数々の有名アーティストに楽曲を提供し、2023年にはなんと、米音楽界の最高峰である「グラミー賞」を受賞するという偉業を成し遂げました。
西城秀樹さんにとって、将典さんは目に入れても痛くないほど可愛い甥っ子です。
西城さんのライブツアーで将典さんがバンドメンバーとしてギターやキーボードを担当し、同じステージに立ったこともありました。
叔父と甥という関係を超え、音楽という強い絆で結ばれていたのですね。
姉の死因とは?悲劇的な事件の誤解
ネット上の一部で「お姉さんが亡くなった死因は事件のせい?」という噂を気にかけている方もいらっしゃるようですが、「お姉さんが事件に巻き込まれた」というのは完全な誤解でありデマです。
実は1997年8月、宅見勝氏が新神戸のホテルで不慮の事件に巻き込まれ、悲劇的な最期を遂げました。
この出来事が連日大きく報道され、内縁の妻であった絵里子さんのご自宅にも報道陣が押し寄せる事態となりました。
「宅見」という表札が出たご自宅の映像や、大物組長のパートナーというセンセーショナルな話題が先行した結果、情報が混同され「姉が犠牲になったのでは」という事実とは異なる噂が広まってしまったと考えられます。
なお、絵里子さんの現在の詳細な消息や状況について公式な発表はありませんが、少なくとも過去の事件の犠牲になったという事実は一切ありません。
西城秀樹の結婚相手は姉の紹介
絵里子さんは、愛する弟・秀樹さんのプライベートでも大きな役割を果たしました。
西城さんが2001年に結婚した一般女性・美紀さん(17歳年下)を紹介したのは、他ならぬ絵里子さんです。
絵里子さんと美紀さんはご近所同士で親交があり、美紀さんの明るく誠実な人柄に触れた絵里子さんが「この人なら愛する弟を任せられる」と確信して引き合わせたそうです。
当時「秀樹!感激!」でおなじみの大スターが、17歳も年下の美しい女性と結婚したことは日本中で大きな話題になりましたね。
結婚後、西城さんが二度の脳梗塞という大きな病に倒れた際も、美紀さんは懸命にリハビリを支え、素晴らしい家族を築き上げました。
弟の幸せを誰よりも願うお姉様の「先見の明」が大正解だったことがよくわかります。
西城秀樹の姉・木本絵里子の素顔や宅見勝の本妻説の要点まとめ
一人の大スターの陰には、常に彼を全力で守り、支え続けたお姉様の存在がありました。
| 家族のサポート | 父の反対を押し切り、秀樹さんの芸能界デビューを支援 |
|---|---|
| 妻との縁結び | 生涯の伴侶となる妻・美紀さんを紹介し、結婚を後押し |
| 波乱の人生 | 山口組ナンバー2・宅見勝氏を内縁の妻として支えた |
| かつての活躍 | 大阪で人気ステーキハウスを経営して繁盛させた |
絵里子さんは、西城秀樹という国民的スターを生み出し、最後まで見守り続けた「最大の支援者」と言っても過言ではありません。
現在、西城秀樹さんが眠るお墓のすぐ隣には、最愛のパートナーであった宅見勝氏のお墓が寄り添うように建てられているそうです。
愛する夫との突然の別れ、そして目の中に入れても痛くないほど可愛がっていた弟・秀樹さんの早すぎる死。
計り知れない悲しみを乗り越えてきた絵里子さんですが、グラミー賞を受賞した息子・将典さんの世界的な活躍は、ご家族にとって何よりの希望の光となっているはずです。



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