野茂英雄の現在は?仕事4つと住まい・MLB年金・息子の今

スポーツ選手

日本人メジャーリーガーの先駆者として知られる野茂英雄さん。2008年に現役を引退してから18年が経ちますが、現在はどのような活動をしているのか気になりますよね。

2025年10月にはドジャースのワールドシリーズ第3戦で始球式を務め、山本由伸さんをキャッチャーに投球を披露するなど、今なお野球界での存在感を示し続けています。

野茂英雄さんの現在の仕事や住まい、MLB年金による収入、息子さんの情報、そしてメジャーリーグへの道を切り開いた経歴まで詳しく見ていきましょう。

野茂英雄は現在も野球に携わる仕事を続けている

野茂英雄 現在についての結論

  • 野茂英雄さんは現在も野球関連の仕事を中心に活動中
  • NOMOベースボールクラブ代表理事、パドレスのアドバイザーなど複数の仕事を兼任
  • MLB年金により年間約2,000万円の収入がある
  • 現在の住まいはサンディエゴが有力
  • 息子は2人で、長男は元日本ハムの通訳

1968年8月31日生まれの野茂英雄さんは、2026年3月現在で57歳になりました。2024年8月にはドジャースタジアムに姿を見せ、大谷翔平さんも所属するチームにレジェンドが登場したことで大きな歓声を浴びています。

現役時代と比べると体型はかなりふっくらとしていて、2025年のワールドシリーズ始球式でも「ビール腹」とファンから指摘されるほどでした。ただ、元気な姿を見せてくれるのは嬉しいですよね。

2022年6月には阪神対オリックスの交流戦でゲスト解説を務めており、現役時代から体型がほぼ変わらない古田敦也さんと並ぶと、その変化がよくわかる光景でした。当時53歳だった野茂さんですが、すっかりおっさん体型になったなぁという印象です。

2008年に引退した後も、野茂英雄さんは引退後も野球に関わる仕事を中心に活動を続けています。

NOMOベースボールクラブ代表理事

野茂さんの引退後の仕事で最も長く携わっているのが、社会人野球のクラブチームの代表理事です。NOMOベースボールクラブは2003年に設立されたチームで、野茂さんがまだ現役時代に立ち上げました。

バブル崩壊以降、企業の業績悪化により野球部を休部・廃止する企業が相次ぎ、社会人野球が縮小することを危惧した野茂さんが大阪府堺市に設立したのが始まりです。2013年からは兵庫県豊岡市(城崎温泉エリア)に本拠地を移転しています。

2005年には所属していた柳田殖生内野手が中日ドラゴンズにドラフト5巡目で指名され入団を果たすなど、これまでに5名のプロ野球選手を輩出しています。

球団はNPO法人として運営されており、費用は企業や個人の会費・寄付がメインです。所属選手のほとんどは城崎温泉にあるホテルや旅館の従業員として普段は働いているそうですよ。

サンディエゴ・パドレスのアドバイザー

2016年2月からメジャーリーグのサンディエゴ・パドレスのアドバイザーに就任しています。パドレスは現役時代に所属していたチームではありませんが、選手時代の実績から登用されました。

パドレスにはダルビッシュ有投手や松井裕樹投手など日本人選手も所属しており、野茂さんは選手への助言やアジア太平洋圏での関係構築を担っています。2021年2月のキャンプでは、パドレス公式SNSにダルビッシュ有投手の投げ込みをキャッチャー側から見守る野茂さんの姿が投稿されていました。

2022年シーズンにはパドレスが地区優勝を果たし、シャンパンファイトに参加する野茂さんの姿もSNSに投稿されています。2025年2月のキャンプにも参加が確認されており、裏方として頻繁にメディアに登場することはないものの、現在もアドバイザーを続けていることがわかります。

プロ野球解説やイベント活動

多くのプロ野球選手が引退後に就く解説者の仕事も、2010年頃から行っています。ただし年に数試合で、阪神の試合に限られている様子です。他にも関西ローカルのテレビ番組に出演していたこともあります。

これ以外にもプロ野球名球会関連のイベントや少年野球の指導なども行っています。キャンプシーズンには日本のプロ野球球団から臨時コーチのオファーを受けることもあるようです。

コーヒー豆やオリジナルグッズの販売

野球関連以外の仕事として、オリジナルブレンドのコーヒー豆の販売があります。現役時代からコーヒーが好きだったそうで、引退後にオリジナルブレンドのコーヒー豆を販売するようになりました。

京都で6年間営業していた実店舗もありましたが、2022年9月30日に閉店しています。コロナ禍の影響もあったと考えられますが、コーヒー豆の販売はオフィシャルサイトで引き続き行われているとのことです。

販売ページではコーヒー豆以外にも野球関連の商品も扱っており、バッグやポロシャツ、現役時代に使用していたモデルと同タイプのグローブなども購入できます。

野茂英雄の現在の住まいはサンディエゴが有力

野茂英雄さんの引退後の住まいについては、以前は関西圏に住んでいるのではないかという見方が主流でした。代表理事を務めるNOMOベースボールクラブの本拠地が兵庫県にあることや、野球解説が阪神戦(しかも西日本での試合のみ)に限られていることが理由です。

しかし最新の情報では、カリフォルニア州サンディエゴに住んでいるという見方が有力になっています。パドレスのアドバイザーとして日常的に球団と連携する必要があること、毎年のキャンプにも参加していることがその根拠です。

ただし、本人から住まいについての公式な発表はなく、日本とアメリカを行き来する生活を送っている可能性もあります。

野茂英雄の収入源はMLB年金で年間2,000万円超

4つの仕事以外にも、野茂英雄さんにはMLBの年金制度による大きな収入源があります。MLBに10年以上在籍した実績から、年間で2,000万円を超える年金が支給される見込みです。

メジャーリーガーの年金制度は選手会によって運営されており、選手登録5年以上が受給資格の条件です。10年の選手登録があれば満額受給となり、日本円でおよそ2,000万円(物価スライドによる変動あり)が支給されます。

受給開始後は生涯にわたって支給されるという非常に手厚い制度です。インフレ期には物価スライドで金額が増えるため、実際にはさらに多い可能性もありますね。

野茂英雄の息子は2人|長男は元日ハム通訳

野茂英雄さんは1991年に、当時チアガールだった森木紀久子さんと結婚しています。夫婦の間にはお子さんが2人生まれており、どちらも男の子です。

次男については名前・生年月日を含め、現在の状況も一切公表されていません。おそらく野球とは無関係の一般の仕事に就いていると思われます。

長男・貴裕さんの経歴

長男の名前は貴裕さんで、1992年生まれです。野茂英雄さんが1995年からメジャーリーガーとしてアメリカに渡った際、貴裕さんも小学校まではアメリカで過ごしていました。夏休みなどにはアメリカに渡ることもあったようですが、基本的には日本で生活していたそうです。

学校は小中高とインターナショナルスクール(セント・メアリーズ・インターナショナルスクール)に通っており、部活で野球をしていました。ただし高野連に加盟していない学校だったため、甲子園を目指すような環境ではありませんでした。

大学はサンフランシスコにあるメンローカレッジでスポーツマネージメントを専攻。大学に通う頃には球団経営に興味が移り、大学では野球はしていなかったそうです。

2014年12月に、2015年から日本ハムの通訳に就任することが報じられました。在籍中はスポーツ系雑誌のインタビューにも登場しています。しかし2018年度シーズンを最後に退団しており、それ以降の動向は確認できていません。

野茂英雄の経歴|メジャーリーグの扉を開いた先駆者

ここからは、野茂英雄さんの輝かしい経歴を振り返っていきましょう。

名前 野茂英雄(のも ひでお)
生年月日 1968年8月31日(57歳)
出身地 大阪府大阪市港区
出身校 大阪府立成城工業高等学校
社会人時代 新日本製鐵堺
プロ入り 1989年ドラフト1位(8球団競合)→ 近鉄バッファローズ
メジャーデビュー 1995年 ロサンゼルス・ドジャース
日米通算成績 201勝155敗
主な記録 ノーヒットノーラン2回、MLB新人王、NPB新人王・MVP
引退 2008年7月17日

高校卒業後は社会人野球の新日本製鐵堺に入社し、1988年のソウルオリンピックでは日本代表に選出されて銀メダルを獲得。この時、古田敦也さんとバッテリーを組んでいます。

近鉄入団からメジャー挑戦まで

1989年のドラフト会議では8球団から1位指名を受け、抽選の結果、近鉄バッファローズが交渉権を獲得しました。推定契約金は史上初の1億2,000万円、推定年俸は1,200万円で、契約時には「投球フォームを変更しない」という条項も付け加えられています。

ちなみにこの年のドラフトでは上宮高校の元木大介さんも対象でしたが、希望していた巨人から指名がなかったため入団を拒否し野球留年。野茂さんのハズレ1位でダイエー(現:ソフトバンク)が指名しましたが、断固巨人志望ということで入団拒否しています。

1990年のデビュー年は最多勝利・最優秀防御率・最多奪三振・最高勝率の投手四冠を達成。さらにベストナイン・新人王・沢村栄治賞・MVPを受賞し、1990年の主要な賞を総なめにする大活躍でした。

93年までは毎年最多勝・最多奪三振のタイトルを獲得する活躍を見せましたが、94年は7月に発症した右肩痛で残りのシーズンを離脱。その後の契約更改で球団への不信感や鈴木啓示監督との不和が重なり、近鉄を任意退団することになります。

野茂さんの代名詞であるトルネード投法は、幼少時代から試行錯誤してたどり着いた独自の投球フォームでした。基本はオーバースロー投法ですが、振りかぶってからボールをリリースするまでの動きが非常に独特で、バッターに背中を向けるほど体をひねってから投げる変則フォームです。

しかし鈴木監督はこのフォームに反対派で、基本に忠実なフォームに変えようと考えていたそうです。さらに野茂さんがエージェント交渉(代理人交渉)の導入を働きかけたことも球団から疎まれ、追い出されるような形で近鉄を任意退団となりました。

当時のパ・リーグはどの球団もチケット売上で選手の年俸を賄えるような状況ではなく、とにかく人気がなく客が入らない時代でした。スタンドがガラガラの状態は80年代から90年代にかけて日常的な光景だったのです。

いくら優勝争いや優秀な成績を残しても年俸に反映されず、野茂さんの年俸も据え置きだったそうです。こうして日本での行き場をなくした野茂さんが選んだのがメジャーリーグへの挑戦でした。当時のマスコミは球団寄りで、野茂さんを批判するような風潮だったそうです。

メジャー移籍後から2008年の引退まで

94年に近鉄を退団した野茂さんは、翌95年1月にメジャーリーグ挑戦を発表。2月13日にロサンゼルス・ドジャースとマイナー契約を結びます。契約金200万ドル(約1億7,000万円)でしたが、年俸は近鉄時代の1億4,000万円からわずか980万円に激減しました。

ちなみに日本人初のメジャーリーガーは、1964年からサンフランシスコ・ジャイアンツでプレーした村上雅則さんです。ただし当時は正式な移籍制度はなく、野球留学という形での選手派遣でした。キャンプでの内容が良ければそのまま球団が抱えるという契約が、本人に知らされずに交わされていたそうです。

メジャーで通用するとは世間も専門家も考えていませんでしたが、野茂さんは5月2日のジャイアンツ戦で早くもメジャーデビュー。6月2日のメッツ戦で初勝利を挙げます。

95年の通算成績は13勝6敗、防御率2.54、236奪三振でリーグ最多の3完封も記録。奪三振のタイトルを獲得し、ドジャースの地区優勝に貢献しました。オールスターゲームにも先発投手として出場し、新人王を受賞。アジア人・日本人として初の快挙です。

翌96年にはアジア人初のノーヒットノーランを達成。さらに2001年、ボストン・レッドソックス時代の4月4日オリオールズ戦で2度目のノーヒットノーランを達成しています。当時32歳のベテランでの達成でした。

2度のノーヒットノーランはアメリカンリーグとナショナルリーグで1度ずつ達成しており、達成時点では史上4人目という快挙でした。

2004年まではメジャー選手として活躍しましたが、晩年は怪我に苦しみ2005年以降はマイナー契約が続きます。トルネード投法も体への負担が大きく、セットアップからの投球に変更しましたが、2006年の2回目の手術からの回復が思わしくなく、2008年7月17日に39歳で引退を表明しました。

日米通算成績は201勝155敗。野茂さんの活躍により、日本のプロ野球選手がメジャーリーグでも通用することが証明されました。その後はメジャーへの移籍方法も確立され、たくさんの選手がメジャーに挑戦し活躍する時代が訪れています。

野茂英雄の現在まとめ

野茂英雄さんの現在の活動について見てきました。近鉄を追い出される形で退団し、行き先がなくなったことからメジャーリーグに挑戦したと思われていましたが、後年この流れは作戦だったことが本人から明かされています。

任意退団という形で離れると他の日本球団ではプレーできませんが、この制限は外国の球団には適用されないことを事前に確認していたそうです。もちろん失敗すれば野球ができなくなるリスクもあったわけで、すごい決断ですよね。

メジャーに挑戦したい気持ちはプロになった時点で持っていたそうですが、近鉄球団の不誠実な対応や監督交代による不和など、様々な要因が重なりこの作戦を決行する流れとなったようです。

  • 野茂英雄さんは引退後も野球に関わる仕事を複数行っている
  • 2003年からNOMOベースボールクラブを設立し、現在も代表理事を務めている
  • 2016年からサンディエゴ・パドレスのアドバイザーに就任し、2025年現在も継続中
  • 2010年頃から年に数試合程度だが野球のゲスト解説も行っている
  • 自身がブレンドしたコーヒー豆のネット通販も行っている
  • 現在の住まいはサンディエゴが有力だが、公式な発表はない
  • 息子は2人で、長男の貴裕さんは2015〜2018年に日本ハムの通訳として勤務していた
  • 2025年10月にはドジャースのワールドシリーズ始球式にも登場

野茂英雄さんの妻について気になる方はこちらの記事をご覧ください。

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