可愛かずみの真相が衝撃!野球選手の川崎憲次郎と破局し飛び降り自殺!

1980年代から1990年代に女優として活動されていた可愛かずみさん。こんなにも活動期間短かったんですね、もっと長いのかと思ってました。

彼女は1997年に、32歳という若さで自殺するという道を選んでいます。

そんな可愛さんの亡くなられた原因として、プロ野球選手の存在があったようですし薬物依存だったとの話もあります。

父親宛ての遺書があったとも言われていますが、一体自殺の理由は何だったのか調べていきます。

悲劇の女優:可愛かずみの生い立ちから芸能界デビューまで

まずは可愛かずみさんのプロフィールを見てみましょう。

  • 本名:久我 知子(くが ともこ)
  • 生年月日:1964年7月9日
  • 出身地:東京都高円寺
  • 血液型:A型
  • 兄弟:3つ違いの姉
  • 身長・体重:161cm・44kg
  • 好きな食べ物:お好み焼き・たこ焼き

幼い頃に両親が離婚し、父親に育てられた可愛かずみさん。

幼少期は父親の仕事の都合で何度も転校をしなければならず、仲良くなった友達とすぐに離れ離れにならなければならないことが非常に苦痛だったようです。

そんな彼女が芸能界に所属するきっかけは、高校3年生のころにスカウトされモデルクラブに所属したことでした。

所属したわずか一週間後にあの渡辺護監督の目にとまり映画デビューし、1983年8月 「ヘッドフォン・ララバイ」で一躍有名になりました。

さらに同時期に歌手活動もしており、シングルを4枚も出しているという多才ぶり(笑)

その後バラエティタレントとしても活躍して、「オレたちひょうきん族」「カトちゃんケンちゃんごきげんテレビ」などに出演していいます。

演技もできて歌も上手い・バラエティーもこなせる美人さん…最強じゃないですか(笑)

そんな彼女が芸能界で仲が良かったのは、香坂みゆきさん・川上麻衣子さん・岡本かおりさん、・森尾由美さん・志村けんさんらしく、特に川上麻衣子さんとは親友同然の仲だったとか。

芸能界での活躍も順調で、親友といってもいい相手もいた可愛かずみさん。

そんな彼女の人生を狂わしてしまったのは、あるプロ野球選手との恋愛だったようです…

元プロ野球選手のヤクルトスワローズ:川崎憲次郎と交際

  • 名前:川崎憲次郎(かわさき けんじろう)
  • 生年月日:1971年1月8日
  • 出身地:大分県佐伯市
  • 身長・体重:180cm・78kg

ヤクルトスワローズ➡︎中日ドラゴンズ➡︎コーチと野球関係で活躍されてましたが、現在は釣り師として地元大分で釣り番組のレギュラーとして活躍されているようです。

そんな川崎憲次郎さんと可愛かずみさんの交際が発覚したのは、1995年でした。

マスコミの取材にも応じているので間違いなく事実ですね。

当時2人はどの様にして知り合ったのでしょうか?

川崎憲次郎さんが可愛かずみさんの大ファンだった事から、川崎さんの方から何らかのアプローチをしたのでしょうか?

その辺りの馴れ初めは調べても分かりませんでした。

ただ可愛かずみさんに熱烈にアプローチをしたのは川崎さん側からだと思いますが(笑)

可愛かずみさんの方が6歳年上でしたが交際は順調で、世間は結婚間近だと思われていました。

彼女も交際当初は川崎さんの熱に押された形となっていましたが、その後は「早く結婚して家庭を持ちたい」と強く思うようになったと言います。

しかしプロ野球選手としての活躍が思わしくなかったことや故障をした事もあり、最終的には川崎さんの方から「怪我の治療に専念する」という理由で別れを切り出したそうです。

余談ですが、可愛かずみさんと別れた後の川崎憲次郎さんは、1997年11月に交際していたモデルの堀恵子さんと結婚を発表されました。

可愛かずみさんと破局してからわずか1年ということだったようです。

その後川崎憲次郎さんは1人の娘にも恵まれ、プロ野球選手引退後は趣味の釣りをやりながら奥さんと仲良く生活しています。

可愛かずみさんが願って止まないことだったことを川崎憲次郎さんが実現していると思うと、なんとも言い難い感情になってしまいますね…

川崎憲次郎と破局後に可愛かずみを襲うストレスの数々

交際していたのは1年程だった様ですが、元々仕事でストレスが溜まっていたのを、川崎憲次郎さんと交際することで緩和され落ち着いていたそうです。

しかし川崎憲次郎さんとの破局、そして破局直後に志村けんさんとのツーショットが報じられて、その当時の記事には志村けんさんに乗り換えたなど書かれています。

更にあるドラマ出演がきっかけで大物女優に罵倒された事などなどが重なり、元々精神安定剤を飲んでいた可愛かずみさんは相当危険な状態に追い込まれた事でしょう。

この大物女優について一体誰なのか明らかになっていませんが、1991年に出演したドラマで共演した女優の誰かだと言われています。

  • スーパービュー踊り子同窓会殺人旅行
  • 検事・若浦葉子
  • 七人の女弁護士
  • 夫のいない4日間
  • まぼろし妻
  • 豆腐屋直次郎の裏の顔II〜帰ってきた相棒・港、横浜、美女のワナ〜
  • 噺家カミサン繁盛記
  • テレビ東京月曜9時枠の連続ドラマ「女は二度生まれる」

ちなみにネット上では、女優は加賀まり子で「ポ〇ノあがりのくせに・・・」と言われたなんて噂がありますが、真相は謎のままです。

↓の画像は女優の加賀まり子さんですが、

確かにちょっとキツそうな顔をしていますよね(笑)

さて、そんなぼろぼろの時に、親友の川上麻衣子さんが可愛かずみさんを支える為に同じマンションに引っ越していますが、当時の彼女は完全な薬物依存状態…

破局のストレスや芸能活動を続けていく中でのストレスを乗り越えるために、かなり強い精神安定剤を服用していたらしく、薬を飲んだ日は記憶がなくなるほどだったとか。

大親友の川上麻衣子さんもお手上げで別のマンションに越していった様です。

1996年12月・1997年1月・1997年5月と3度リストカットによる自殺未遂をしており、相当危険な精神状態でした。

1997年5月19日川崎憲次郎のマンションで飛び降り自殺

3度目のリストカットをした1997年5月9日に悲劇が起きてしまいます。

午前中にリストカットをして病院に運ばれた可愛かずみさんは病院の手当てを受け、食事のドリアを完食したので周りは一安心だった様です。

しかし、午後6時半頃に留守番をしていた女性に「咳が出るから病院へ行く」と出かけ、午後7時10分に川崎憲次郎さんの住むマンションの7階から飛び降り自殺をして亡くなってしまいます。

頭蓋骨骨折の即死でした…

場所は↓のあたりだと言われていますね…

当初他殺の線でも調査されていたようですが、自殺現場のマンションに揃えられた靴と10万円の入った財布がおかれたいたことから、自殺と断定されました。

マンション1階にはコンビニが入っており、自殺現場を目撃したコンビニ店員の話によると、青と白のストライプのシャツを着ており、死に顔が自殺とは思えないほど安らかだったとか。

何故自殺という道を選んでしまったのか…理由は本当に川崎憲次郎さんとの破局なのでしょうか?

自殺翌日に会見に臨んだ川崎憲次郎さんは、記者に彼女の自殺理由について問われ「分かりません」と回答していましたが…

ちなみに、この年の野球のオールスターゲームで川崎憲次郎さんはファン投票1位で出場を強制されそうになったみたいです。

一部ネット上では「ファンに血祭りにされた…」とも言われていたけど、本人が「出場しない」と発言し収まりました。

親友の川上麻衣子さんがその事について「自殺の原因は1つではなく複数の物が重なってしまった事にあるのではないか」と語っていました。

自殺の前に可愛かずみさんから電話がかかってきたけど川上麻衣子さんは留守で、帰った時も疲れていた為に留守電を聞かなかったそうです。

もし電話に出てたら自殺を止められたかもとずっと苦しまれている様ですね。

飛び降りた割には綺麗な可愛かずみさんの遺体を前にして泣き崩れる川上麻衣子さんを見て、本当に多くの人に愛されていたことがわかりますね。

川崎憲次郎のマンションで自殺した理由は恐らく○○です

可愛かずみさん自殺の原因として良く言われているのが、薬の影響ではないかと…強力な薬を服用していた為に一線を超えたのではないかと。

川崎憲次郎さんへの未練もあり得ますね、わざわざ彼のマンションで自殺している訳ですから、当てつけだとしたら恐ろしいです…

しかし著者は、可愛かずみさんが当てつけのために自殺したとは思えません。

脱いだ女というイメージを脱却するために人一倍努力をして頑張っていた彼女、葬式の際もたくさんの人が訪れ愛されていたことが分かります。

あそこまで愛される女性がわざわざ他人を陥れるような死を選ぶでしょうか…そう思えません。

恐らくですが、可愛かずみさんにとって最も幸せな場所や空間こそ、川崎憲次郎さんとともに過ごしたマンションだったと思います。

本当に耐えきれないほど辛くなったので、ふと幸せな思い出が残る場所に戻り、その時につい気持ちが不安定になり楽になりたい…と思って死を選んでしまったのではないでしょうか?

本当に純粋で一生懸命な彼女だからこそ、最もありそうだと思います。

他にも、婚約者と揉めていたというのも理由のひとつかもしれませんし、さんまさんにフラれたのが原因では?との声もありました。

しかし少なくともさんまさんが原因説については、「オレたちひょうきん族」で共演はしていますが交際の事実はなかった様ですので、全くの噂ですね。

川上麻衣子さんの言ってた様に、複数の理由が重なったのかもしれません。

仕事のストレス・川崎憲次郎さんとの破局・マスコミのゴシップ・薬の依存症・世間の噂・婚約者とのトラブル…などが重なり、彼女にとっては生きていけないほど苦しんでいたのかもしれません。

結局の所理由が本人にしか分からないし、本人にも分からないかもですね。

命日には未だに応援している人もいるというのに…

可愛かずみさんの告別式をリポートした芸能リポーターが「私がこんなことを言うのもどうかと思うが、もうそっとしておいてあげてほしい」と話したとのことです。

彼女のご冥福を心から祈りたいと思います。

可愛かずみは父親の久我竹三郎宛てに遺書を残していた!

可愛かずみさんが亡くなった当初、遺書があるとは報道されていませんでしたが、彼女が亡くなって17年後の2014年に、父親の久我竹三郎さん宛てに遺書を残していた事が明らかになりました。

父親の久我竹三郎さんは2014年に放送された「爆報THEフライデー」で遺書について語ってます。

久我竹三郎さんは番組内で可愛かずみさんの親友だった川上麻衣子さんと久しぶりに対面、「初めて言うんですが、実は私宛のメモ(遺書)があったんです。」と打ち明けます。

メモには「体調と気分が良いので、パパにメモを残します。」と書いてあり、内容のほとんどが「麻衣ちゃんがいてくれたおかげで、楽しかった。」「麻衣ちゃんと話してるだけで楽しかった」など親友の川上麻衣子さんの事で埋め尽くされていた。

メモの最後には「パパ、麻衣ちゃんをよろしくね。」と書かれていたという。

川上麻衣子さんは自殺の前日に「麻衣ちゃん元気?忙しいの?」と留守番電話が入っていた事を話した。自殺を止められたかもしれないって川上さんの言ってた電話ですね。

しかしコレ酷くないですか?

可愛かずみさんが遺書で「麻衣ちゃんをよろしく」って書いてる訳ですよね、つまり遺言ですよ。

それを17年も内緒にしてる意味が分からない、世の中に出さなくても川上麻衣子さんには教えるべきじゃないでしょうか?

親友が死んで17年も苦しんでるんですよ、今回色々調べた中で1番腹が立ちました。

兎に角、このエピソードを経て親友の川上麻衣子さんは「かずみちゃんの思いを背負って生きるしかない」と前を向くことができるようになったみたいです。

いつまでも苦しんでいることこそ可愛かずみさんが一番望んでいないことだと思うので、前を向いて頑張って生きてほしいですね(´・ω・)

当時の可愛かずみには実業家の國保尊弘という婚約者がいた

なんと自殺する前に可愛かずみさんには婚約者がいたそうです。

その婚約者が中古外車店を経営する青年実業家の國保尊弘さんだと言われており、七夕婚をする予定だったとか…

自殺した翌日には婚約・2ヶ月後には入籍と結婚パーティーの予定だったらしく、お相手のショックはかなり大きかったと思いますよね…

婚約者の男性は自動車販売会社を経営する青年でした。噂ですが何を決めるにもクレームをつけてくる婚約者に悩んでいたとの話もあります。

仮にこれが真実だったらすごく悲しいことですが、今となっては真実は分かりません。

婚約者がいてこれからという時に自殺を選んだ可愛かずみさん。

彼女にとって最も幸せだった場所を最後の地に選んだということを思うと、本当にどうしてこんなことになってしまったのか…と悔やまずにいられません。

ただただ安らかに成仏していただくことを祈り、この記事を終えたいと思います。

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