元TBS記者の山口敬之さんから性的暴行を受けたとして訴訟を起こしたフリージャーナリストの伊藤詩織さん。
刑事事件としては嫌疑不十分で不起訴となるも、その後の民事訴訟では勝訴となりました。
しかし、山口さん側は一貫して「合意の上だった」と主張しており、判決を不服として控訴し、逆に伊藤詩織さんを名誉棄損で訴えるなど泥沼化しており、2022年2月現在も争いを続けています。
が、今回の記事はこの事件についての深掘りではなく、彼女の経歴について探っていきます。
実は伊藤詩織さんは、誹謗中傷を避けるためという理由から、自身の経歴をほとんど明かしていないんです。
ただ結果的には、訴訟の件で多くの誹謗中傷を受けることとなってしまいましたが(*_*;
通っていた学校など、具体的な情報は徹底して伏せている伊藤詩織さんですが、隠されれば隠されるほど知りたくなってしまうワケで…(笑)
徹底的に調べてみたところ、色々とわかってきたこともありましたよ!
ということで、正体が怪しいとまで言われている謎の美女、伊藤詩織さんの経歴についてできる限り迫っていきます!
【現在も係争中】伊藤詩織と山口敬之の出会いから事件までの経緯
まずは、伊藤詩織さんが一躍有名になった性暴力事件についてざっくりとまとめます。
伊藤詩織さんと元TBS記者でワシントン支局長だった山口敬之さんは、2013年にニューヨークのピアノバーで出会いました。
ジャーナリスト志望で、ニューヨークの大学に通ってジャーナリズムを学んでいた伊藤詩織さんは翌日に山口さんと連絡を取り合い、TBSニューヨーク支局長を紹介してもらって局内を見学したそうです。
その後しばらく2人の交流はありませんでしたが、2014年8月に再び伊藤詩織さんから山口敬之さんにメールを送り、「TBSニューヨーク支局でインターンをさせてもらいたい」とお願いします。
山口さんが局に確認すると、その時はTBSニューヨーク支局ではインターンを募集していなかったため、日本テレビのニューヨーク支局長にも話を持ちかけたところインターンで採用したいとの返事があり、2014年9月から働き始めました。
しかし無給だったため経済的に厳しくなり、2014年末にニューヨークでの生活を切り上げて日本に帰国しました。
そして2015年2月からロイター通信の東京支局とインターン契約をして働いていました。
それでもやはり海外で就職してジャーナリストとして活動したい思いが強かったのか、2015年3月にまた伊藤詩織さんの方から山口敬之さんにメールを送ります。
山口さんは以前伊藤詩織さんに、「TBSのワシントン支局であればいつでもインターンにおいでよ」と言っていたらしく、それがまだ可能であるかとメールで聞いたところ、山口さんからは「インターンであれば即採用できるし、もしくはインターンではなくフリーランスとして契約をして、のちに正式採用ということもできる」という旨の返信がありました。
いよいよアメリカで就職できる希望が見えてきた伊藤詩織さんでしたが、彼女は就労ビザを持っていませんでした。
山口敬之さんは、TBSでビザ取得を支援することも可能だと伝えたうえで、「来週は東京にいますか?」と尋ねます。
すると、伊藤詩織さんは「東京にいます!もしお時間がありましたら是非お会いしたいです!」と返信。
ちなみに、ワシントン支局で採用してもらえるか問い合わせた際のメールでも伊藤詩織さんの方から「東京にお戻りの際はぜひお会いできたらうれしいです。」と送っています。
かなり前のめりな様子が伝わってきますね。伊藤詩織さんはこれらのメールのやり取りを自身の著書『Black Box』に掲載していますが、「会いたいです」と送った部分は伏せています。
彼女の方から会いたいとアピールしたことを世間に知られるのは都合が悪いと思ったのでしょう。
そうして食事に行くことが決まり、2015年4月3日に2年ぶりに2人は再開。
う~ん…就職についての真面目な話し合いという雰囲気にはちょっと見えません…。
山口敬之さんの行きつけのお店で食事をしたあと、伊藤詩織さんは山口敬之さんが宿泊するホテルの部屋で性的暴行を受けたとしています。
伊藤詩織さんは、食事中に席を外した際に山口敬之さんからお酒の中に「デートレイプドラッグ」と呼ばれる薬物を入れられたために昏睡状態になり、気が付くとホテルの部屋で暴行を受けている最中だったと主張。
これに対し、山口敬之さんは強制的な暴行ではないと否定しています。
山口さんによると、伊藤詩織さんが自ら進んで飲酒して店内のトイレで寝込むほど泥酔してしまい、タクシーの中で嘔吐したため放っておくことができず、仕方なく宿泊先のホテルに連れて行ったそうです。
部屋のトイレでも嘔吐し、嘔吐物の上で伊藤詩織さんが寝てしまって服が汚れていたので、服を脱がせてベッドに寝かせた後、伊藤さんの衣服を洗って別のベッドで寝ていたようです。
しばらくすると伊藤詩織さんが起き上がってトイレに行き、戻ってくると山口敬之さんが寝ていたベッドに入ってきたために行為に及んでしまったそうですが、伊藤詩織さんは「飲みすぎちゃった」などと普通に話をしていたので、意識不明ではなく合意の上だったと主張しました。
この状況では、本当に伊藤詩織さんがはっきり同意したとは言い切れない気がしますが…。
伊藤詩織さんは警察に被害届を提出しました。しかし捜査の結果、嫌疑不十分で山口敬之さんは不起訴となりました。
伊藤詩織さんは不服を申し立てるもやはり結果は変わらず不起訴となったため、2017年9月、1100万の損害賠償を求め民事訴訟を起こしました。
その直後に山口敬之さんとの間にあったこれまでの出来事や事件について綴った手記『Black Box』を出版し、記者会見を開きました。
告発された山口敬之さんも月刊誌『Hanada』で手記を発表し、伊藤詩織さんの主張を全面否定。
伊藤詩織さんの会見での発言などで社会的信用を奪われ、名誉を傷つけられたとして慰謝料1億3000万円と謝罪広告の掲載を求めて反訴しました。
結審後、山口敬之さんはこちらの動画の中で、伊藤詩織さんの発言の嘘や矛盾点、そして彼女の経歴から考えるとジャーナリストとして国際的な賞を受賞していることは不自然などと指摘しています。
2019年12月の一審判決では、「性行為の合意はなかった」として伊藤詩織さんの訴えを認め、山口敬之さんに330万円の支払いを命じ、山口さんの反訴については「名誉毀損には当たらない」として請求を棄却、一審は伊藤詩織さんの勝訴となりました。
山口敬之さんは2020年1月に判決を不服として控訴しましたが、2022年1月の控訴審では一審に続き合意はなかったと認定され、治療関係費を上乗せした332万8300円の賠償となりました。
一方で、『Black Box』などで伊藤詩織さんがデートレイプドラッグを使われた可能性があると主張したことについては、真実性が認められず名誉毀損に当たると判断され、請求を棄却した一審判決を破棄し、伊藤詩織さんに55万円の支払いが命じられました。
しかし、山口敬之さんは性行為の合意がなかったとする判決には納得できないとして上告する考えを明らかにし、伊藤詩織さんも山口さんへの名誉棄損があったとの判決を不服として上告しています。
2人の関係性やメールの内容からすると、伊藤詩織さんの方から積極的に迫っていっているようにも見受けられるため、「枕営業」や「ハニートラップ」などとも言われ、誹謗中傷を受けました。
伊藤詩織さんの立場で考えると、ずっとジャーナリストになることを夢見て生きてきた彼女が、手に入れた協力なコネを使えるだけ使いたいと思うのはまあ当然のことだとも思いますが…。
食事に行く前の段階から、すでにワシントン支局で働けることはほぼ決定していたようなものなので、わざわざ枕営業をしようとは考えないんじゃないかなと個人的には思います。
それでは次に、伊藤詩織さんが山口敬之さんと出会うまでの経歴を見ていきます。
伊藤詩織って何者?生い立ちや経歴が不明で謎すぎる!
【プロフィール】
- 名前:伊藤詩織(いとうしおり)
- 生年月日:1989年
- 年齢:32~33歳(2022年2月現在)
- 出身:神奈川県(おそらく川崎市)
- 職業:フリージャーナリスト、映像作家、起業家
- 著書:『Black Box』(2017年出版)
伊藤詩織さんは1989年生まれということは公表していますが、誕生日は明らかにしていません。
5月15日生まれという情報もあったようですが真偽は不明です。また、7月12日とも言われていますがこれは同姓同名の違う伊藤詩織さんの誕生日です。
さらに、以前のWikipediaでは2008年に短大卒業と記載されていたことから、「本当は1987年生まれなのでは」と一部で推測されていますが、1989年生まれであるCBCテレビの江田亮アナウンサーが「伊藤詩織さんと中学時代同級生だった」とラジオで発言していたそうなので、1989年生まれということで進めていきます。
後ほどご紹介しますが、伊藤詩織さんは2008年に短大に「入学」しているので、入学と卒業を間違って記載されていたのかもしれません。
2019年には『カルバン・クライン』による国際女性デーのキャンペーン動画にも出演しています。
動画内で伊藤さんは「サイレンスブレーカー(沈黙を破った人たち)」と紹介されています。
伊藤詩織さんの信念と力強さが伝わってきますね。
また、こちらの女性も伊藤詩織さんだと言われ、グラビア撮影もしているとされていますが、この方は伊藤詩織さんの友人であるモデルの「土屋ひかる」さんで、この写真を撮影したのが伊藤詩織さんなのだそうです。
著書を出版するまでは名字さえも伏せていた伊藤詩織さん。ジャーナリストとして活動している人達は最終学歴などを公表している人が多いですが、彼女が一切公にしないのは本当に誹謗中傷を避けるためという理由だけなのでしょうか…。
あくまでも推測にはなりますが、彼女がどんな人生を歩んできたのか、その経歴を辿っていきます。
モデル業や長期入院をしていた小中学校時代
伊藤詩織さんは建設関係の仕事をしている父親と専業主婦の母親の間に長女として誕生し、年の離れた弟と妹もいるそうです。
なんと9歳の時からモデルとしても活動していたようですよΣ(゚Д゚)
子供の頃から仕事をしていたこともあってか、自立心が強かったと話しています。
目鼻立ちがしっかりしていて美人なので、小さい時から可愛かったんでしょうね!
通っていた小学校はわかっていませんが、中学校は前述のとおりCBCテレビの江田亮アナウンサーが同級生と言っていたことから、江田アナと同じ『川崎市立西生田中学校』だと思われます。
となると、小学校は『川崎市立西生田小学校』かもしれません。
江田アナによると、当時からすでに今とあまり変わらない美人だったそうですよ!さすが9歳でモデルをやっているだけあります(゚Д゚)
伊藤詩織さんは中学生の時に部活で大怪我をして長期入院をすることになり、その時の経験から“一度きりの人生だから”と思い、留学することを考えるようになったそうです。
隣の病室に昨日いた人が今日いない。こんなに簡単に命が亡くなってしまうと考えたときに、それまでの学校生活の複雑さがバカバカしくなって。院内学級がすごく楽しかったというのもあります。
何の競争もなくて自分でいるだけでいい。生きているだけでいい場所でした。学校に戻ったときに、もう進学をどうするかとかに興味がありませんでした。もともと合わなかったのだと思います。
引用元:Yahoo!ニュース
やっぱりジャーナリストを目指すような人は子供の頃から考え方が違いますね…!
高校時代にはアメリカに交換留学
高校は2005年に『相模女子大学高等部』に入学したと言われています。
伊藤詩織さんは高校時代にアメリカのカンザス州に交換留学をしました。入院生活の中で考えていたことを本当に実行したんですね!行動力がすごいです。
クラスは違ったものの、同じプログラムで交換留学をした方は当時の伊藤詩織さんについて「特に目立つようなタイプではなかった」と話していたそうです。
ニュースで彼女の姿を見た時は驚いたでしょうねΣ(゚Д゚)
留学先の学校は不明ですが、カンザスシティから250kmほど離れた田舎の学校で、治安は良く安全な街のようです。
クラスメイト達はカンザス州から出たことがなく、外の世界を知らないため日本にマックがあることを驚かれたり、日本は中国の一部だと思っている同級生もいたとか…。
いや情報閉ざされすぎ!
そんな閉鎖的な地域もあることを知り、情報がいかに人生に関わるのかということを強く感じたそうです。
ジャーナリストを志す彼女にとってはとても貴重な経験だったようですね。
日本の短大を卒業
次に大学についてですが、伊藤詩織さんの著書『Black Box』の中では、高校を卒業した後は昼夜問わずバイトを掛け持ちして、テレビ局で報道アシスタントのバイトも約1年経験。
その後ドイツの大学に行ったと書かれています。
しかし実際には高校卒業後、日本の短大に入学していたようなんです。
著書にはこのことについては触れていませんでしたが、伊藤詩織さんが山口敬之さんに提出した履歴書には、2008年に神奈川県の短期大学に入学し、2010年に卒業したと記載されていたそうです。
日本の短大を卒業したことを隠しているとネット上で指摘されるようになり、その声が届いたのかわかりませんが、のちに伊藤詩織さん自身がインタビューで明かしました。
学生時代からすぐにジャーナリズムの世界に飛び込むため、ニューヨークの大学へと進学したかったが、再び金銭的な事情で頓挫。
まずは日本のある県立短期大学へ進学することにした。
引用元:Forbes JAPAN
その短大とは、
- 海外で生活できるほどの英語力を養える
- 川崎市から通いやすい
- 学費が比較的安い
こういった点から『神奈川県立外語短期大学』(※2011年に廃校)ではないかと言われています。
「日本大学文理学部を卒業している」「大阪大学出身」といった噂も流れていたようですが、これらはデマであることがわかっています。
日本大学文理学部だと言われるようになったのは、ゼミの公式ブログに同姓同名の人物が掲載されていて、さらに容姿が伊藤詩織さんに似ているとのことから広まったようです。
似ているといえば似ている気もしますが、伊藤詩織さんは2008年に短大に入学、「伊藤しおり」さんは2009年に大学4年生だったので、もちろん別人です。
こんなコメントまで書かれてしまっています…全く関係のない伊藤しおりさんは迷惑していたでしょうね。
キャバクラでバイトをしながら世界を転々とする
短大入学から4ヶ月後の2008年8月には、ドイツのベルリンで行われた日独交流会に参加していたようです。
そして2010年3月に短大を卒業すると、7月からベルリンの大学へ行き、国際関係学を学んだそうです。
伊藤詩織さんの友人が、当時彼女が成田空港から出発する際に撮った写真をSNSに投稿していました。
その後、学費を抑えつつ単位を取得するためにドイツやスペインの大学を転々として学び、2012年、ついにニューヨークの大学に転入学し、写真を専攻する。
引用元:Forbes JAPAN
この文面からは、短大卒業後は海外で暮らして様々な勉強をしていたように見えます。
ところが、2010年頃から六本木のキャバクラで働いていたとの情報があります。
2010年は高級クラブ『MUSERVA(ミュゼルヴァ)六本木』、2011年には『Grand Cru(グランクリュ)』(※現在は名称変更)で勤務していたようです。
『Grand Cru』での源氏名は「杏」。女優の杏さんに似ているからと、当時の店長が名付けたそうですよ。
杏さんにも似ていますが、香椎由宇さんにも似ている気がします(笑)
『Grand Cru』は芸能人の卵も在籍する高級店で、客層はもちろんお金持ちばかり。
キャバ嬢達はブランド品などのプレゼントは当然のこと、「海外旅行に行きたいけどお金がないの…」と可愛く甘えれば札束をポンともらえたのだそう。
う、羨ましい…やっぱり美人は得ですね(´;ω;`)
伊藤詩織さんは売上ランキングに入るほどではなかったそうですが、指名客もいて月収は数十万~100万くらいあったのではとみられています。
キャバクラで働いて海外の大学に通う資金を稼いでいたんですね。
「ジャーナリストになるために勉強したくて…」と夢を語り、金銭面で協力してもらえることもあったのかもしれません。
『Black Box』に登場する友人の「K」さんと「R」さんは、伊藤詩織さんが『Grand Cru』で働いていた時に出会い、仲良くなったキャバ嬢だとされています。
このKさんとRさんが、伊藤詩織さんから性被害の相談を受けた後、山口敬之さんに送るメールの文章を一緒に考えていたとも言われています。
Rさんはセクハラで会社を辞めてキャバクラで働くようになり、お客さんとして来ていた弁護士に裁判の相談を頻繁にしていたことから、伊藤詩織さんに具体的なアドバイスができたのかもしれませんね。
この女性が、「YUME」という源氏名で伊藤詩織さんと一緒に働いていた「R」さんだそうです。
2011年夏頃にはKさん、Rさんら数人のキャバ嬢と仕事終わりにクラブで踊っていたこともわかっており、伊藤詩織さんも自身のFacebookに夜遊びの様子を投稿していたようですが、それらはすべて削除されています。
キャバクラで働いていたことを隠すために経歴を伏せているのでしょうか…。
悪いことをしているわけじゃないですし、自分の夢や目標のためにお金を稼いでいたんですから隠す必要はないと思いますけどね。
ドイツの大学に行っていたのは事実のようですが、短期間の滞在だったことから、大学のサマースクールに参加していただけなのではと見られています。
2011年12月にはスペインのバルセロナに住んでいたようですが、クリスマスを彼氏と一緒に過ごすためにドイツに行っていたことが伊藤詩織さんの友人同士の会話から判明しています。
また2012年5月には、スペインのセビリアで開催された春祭り『フェリア・デ・アブリル』の様子をインスタグラムに投稿していることからもスペインに滞在していたことがわかりますが、山口敬之さんに提出した履歴書にはスペインの大学に通っていたことは書かれていなかったようで、本当に大学で勉強していたのかという点は疑問があります。
そしてロシアのモスクワにも滞在していたようです。
これは、伊藤詩織さんが過去に少しだけやっていたブログの中に書かれていました。
【2013年4月7日の投稿】
【2013年4月18日の投稿】
引きこもって本を読んでいたくらいなので数日間の旅行ではなくしばらく滞在していたのだと思いますが、何をしていたのかはわかっていません。
世界を知るために色々な国を旅していたのかもしれませんね。
ニューヨークの大学へ入学
2013年4月3日のブログでは、「去年12月、お友達とセントラルパークを散歩していたところ」と書かれているので、2012年の12月にはすでにニューヨークに住んでいたことがわかります。
『Black Box』によると、当時交際していた彼氏と一緒にニューヨークに移住し、同棲していたそうです。
ニューヨークで通っていた大学は『メアリーマウント・マンハッタン大学』だと言われています。
大学のホームページに伊藤詩織さんの写真が掲載されています。
この大学で芸術写真を専攻し、ジャーナリズムについても学んでいました。
しかし、物価の高いニューヨークでの生活は厳しく(加えて、単位が足りず単位交換のためとの説もある)翌年にイタリア・フィレンツェの専門学校に半年間留学し、2014年に再びニューヨークへ戻りましたが、やはり経済的な理由から大学は中退したようです。
ニューヨークのキャバクラで山口敬之と出会う
大学在学中だった2013年12月に、伊藤詩織さんはニューヨークのピアノバーでアルバイトをしており、そこに来店した山口敬之さんを接客したことから連絡先を交換しました。
「ピアノバー」と聞くと、ピアノの生演奏を聴きながらしっとりとお酒を楽しむ…なんて雰囲気を想像しましたがそうではなく、ニューヨークではキャバクラのことをピアノバーと呼ぶらしく、日本のキャバクラと同様のお店で、ピアノも置いてあるわけではないようです(笑)
伊藤詩織さんが働いていたのは「club wyn(クラブ ウィン)」というお店だという情報があります。
普通に「キャバクラ」と書いてありますねw
ニューヨークで日本の女の子が接客し、お客さんも日本人が多いという感じのお店のようですね。
六本木でのキャバクラ経験を活かしてニューヨークでも勤務していた伊藤詩織さんですが、当時学生ビザでアメリカに滞在していたため、不法就労の疑いが持たれています。
アメリカでは申請が通れば例外として短時間のパートタイムでの就労は可能のようです。しかしこれには「学校に1年以上在籍していること」という条件があるようです。
伊藤詩織さんは2012年にニューヨークの大学に転入したと公表していますが、山口敬之さんに提出した履歴書には「2013年1月に入学・2015年5月卒業予定」と記載されていたそうなんです。
2013年にピアノバー(キャバクラ)で働いていたことは『Black Box』にも書かれています。
ということは、これは私の勝手な推測になりますが、大学入学が2013年1月だと言ってしまうと在籍から1年経たずに働いていたという不法就労がバレてしまうので、2012年入学と嘘をついたのかなと考えます。
そもそも学生ビザの場合、深夜の風俗営業等のお店で働くことはできない規定になっているようですが…。
伊藤詩織さんは、山口敬之さんにデートレイプドラッグを入れられたとする理由を「私はお酒に強く、酔いつぶれることは決してない。だから薬を盛られたに違いない」と主張していたそうですが、複数のキャバクラ勤務を経験していたからこそこんなにも自信を持って断言できたんですね。
山口敬之にインターン雇用を依頼するようになる
ピアノバー(キャバクラ)で山口敬之さんと接点を持った伊藤詩織さんはそれから約1年後、インターンの受け入れ先を探すため山口敬之さんにメールを送り、山口さんの紹介で2014年9月から日本テレビのニューヨーク支局でインターンとして働きました。
大学を中退して2014年末に日本に帰国すると、2015年2月からはロイター通信でインターンとして働いています。
仕事を始めるまでの間には、自由な時間を満喫している様子を友人がインスタグラムに投稿しています。
ロイター通信では2ヶ月間は無給で、3ヶ月目から給与が支給されるという条件で働いていた伊藤詩織さんですが、勤務期間中の2015年3月に再び山口敬之さんにメールを送り、就職先を紹介してもらえないかと相談すると、山口さんはTBSのワシントン支局での採用に向けて動き出しました。
伊藤詩織さんは履歴書を山口敬之さんに提出し、就労ビザの取得について話し合うために食事の約束をします。
そして2015年4月3日、食事をした日の夜から翌日未明の間に例の事件が起きてしまいました。
自己破産や中国人というデマも流れている
ネット上では、「伊藤詩織さんは偽名を使っていて日本人ではない」さらには、「借金が膨れ上がって自己破産していた」といった噂も広まっています。
「伊藤」という名字は通名で、本名は韓国に多い名字の「尹(ユ)」であるといった説や、伊藤詩織さんが「肯定」を「セイテイ」と読んでいたことが話題となり、韓国人ではないかと言われていますが確証はありません。
そして自己破産については、官報に「伊藤詩織」という名前で自己破産をした記録が残っていることから噂になりました。
2004年と2010年に自己破産をしていたことがわかります。
しかし、2004年の時点では伊藤詩織さんはまだ15歳です。中学生だった頃に借金苦で自己破産していたとは考えにくいですし、住所が東京都になっているので神奈川県出身の伊藤詩織さんとは別人でしょう。
2010年の記録では「伊藤詩織こと芦暁楠」とあることから、伊藤詩織さんが中国人だとの噂も出回りましたが、これが同一人物であれば裁判の時に本名が出るはずですし、留学したり六本木の高級キャバクラでバイトをしていた伊藤詩織さんが自己破産するような生活だったとは思えません。
住所が埼玉という点でも別人の可能性が高いでしょう。
ちなみに、2度目の自己破産をするためには1度目から原則7年以上期間をあけないといけないそうなので、この官報に載っている伊藤詩織さんはそれぞれ違う人です。
それにしても、誰がどうやってこんな記録を見つけてくるんですかね…(笑)
元東大特任准教授で実業家の大澤昇平さんがこの官報の画像を添付し「伊藤詩織って偽名じゃねーか!」とツイートしたことに対し、伊藤詩織さんは名誉棄損で訴えたほか、「枕営業」などの誹謗中傷、そしてそれらのツイートがリツイートされたり“いいね”を押されることに対しても、名誉を傷つけられたとして訴訟を起こしています。
ネット上で誹謗中傷を受けることは、それだけ相当な精神的ダメージを負うということなんでしょうね。
ただ、間違っていいねを押して気付かないまま、という場合も考えられるので、いいねも誹謗中傷と一概に決めてしまうのはちょっとこわいなと思います。
いいねの訴訟については2022年3月に判決が予定されていますが、そのうちSNSを見るのも命がけの時代がやってくるかもしれませんね…。
伊藤詩織が頑なに経歴を隠す姿勢に怪しむ声多数!
ここまで伊藤詩織さんの経歴についてご紹介しましたが、やはり彼女自身が明らかにしていないため、ネット上では疑問を持っている声が非常に多いです。
そして、伊藤詩織さんが語ったことや著書に書かれてある内容に矛盾点があることも“伊藤詩織は怪しい”と言われる理由のひとつとなっているようです。
伊藤詩織さんの方から山口敬之さんに積極的にアプローチをして、度々インターンや就職の相談をしていたのは事実ですし、正体が謎めいているだけに余計に非難されてしまうのでしょう。
それでも、就職についての話ならTBSの会議室などですれば良かったのではと思いますし、やっぱり若くて綺麗な女性とお酒を飲みながらご飯を食べたいという下心も山口敬之さんの中にあったのではないでしょうか。
正直どっちもどっちだなという印象ですが、欲に駆られて山口敬之さんが行為に及んでしまったことは当然許されることではありません。
まとめ
事件についての追及は今回はしませんが、この記事で挙げた以外にも、伊藤詩織さんが著書で書かれている内容と裁判で明らかになった事実とで異なる点がいくつもあったり、検査の結果妊娠はしていないことがわかってからも、山口敬之さんに妊娠しているかもしれないと再三にわたり責任を取るように迫っていたりなど、気になる点は多くあります。
また、金銭的に余裕がないという理由でニューヨークからイタリアへ留学したはずが、イタリア滞在中にもあちこちに旅行に行っていたことが発覚するなど、お金の面でも不審な点があります。
そうなると、不透明な経歴にもなにかきな臭いものを感じてしまいます…。
伊藤詩織さんについては「よくわかんないけどなんか嫌われてる人」くらいのイメージしかありませんでしたが、その理由がなんとなくわかった気がしました…(笑)
この記事が誹謗中傷で訴えられないことを願うばかりです(((( ;゚Д゚)))
コメント