安室奈美恵の母の平良恵美子の死因となった義弟の惨殺事件の全容が衝撃!

ステージ上で歌って踊っている安室ちゃんだけを見ていると、とても華やか。

でもその裏で、安室ちゃんはとても苦労していて、人気絶頂期にお母さんを突然亡くしています。

1999年3月17日 安室奈美恵実母殺害事件。

あの安室ちゃんに黒い影を落とした恐ろしい事件。本当にこんなことが現実に?まるでドラマのよう…。

今回は、その安室ちゃんのお母さんの事件の真相に迫ってみたいと思います。

  • 安室奈美恵実母 平良恵美子さんについて
  • 平良恵美子さんの壮絶な生い立ちについて
  • 安室奈美恵実母殺害事件の概要
  • 事件時とその後の安室奈美恵さんについて
  • 安室奈美恵実母殺害事件、犯行動機について

調べてみました。

犯行動機については新しい見解も含みますので、是非最後まで読んで頂ければ嬉しく思います。

安室奈美恵の母であり、ハーフであり、シングルマザーの苦労人、平良恵美子さんの凄すぎる生い立ちをご紹介!

安室ちゃんの事を知らない人ってきっといませんね。でもお母さんの恵美子さんについては知らない人もいるのでは?

ですので、ここではまずは安室ちゃんのお母さま、平良恵美子さん、そして彼女の壮絶ともいえる生い立ちをご紹介します。

安室ちゃんの美貌からも納得、平良恵美子さんはハーフだった!

まずは写真を見てみましょう。恵美子さんと幼い安室ちゃんです。

あ~、確かに!二人とも日本人離れしてるね。特に恵美子さんは、白いし、顔立ちがもう白人です。

安室ちゃんから言うと祖母にあたる清子さんとイギリス人の軍人さんの間に生まれたのが恵美子さんなのです。恵美子さんはハーフ、安室ちゃんはクオーターとなりますね。

聞いて納得、綺麗な顔立ちね。

話を恵美子さんに戻します。恵美子さんの簡単なプロフィールがこちらです。

■本名:平良恵美子

■生年月日:1950年6月30日

■没:1997年3月17日 48歳

■出身地:沖縄県

■国籍:日本 父イギリス人、母日本人のハーフ
(何系なのかは所説あり。イタリア系とも。お父様の国籍はイギリス国籍)

■職業:エッセイスト スナック経営

■配偶者:平良辰信

1950年生まれのハーフか…。今でこそ、ハーフなんて沢山いますけどね…あの頃はね…。差別、いじめ、清子さんも恵美子さんも相当苦労されたようです…。

さて、では、どのような人生を歩まれていたのか、生い立ちを見てみましょう。

安室奈美恵の母、恵美子さんの生い立ちが凄すぎる!安室ちゃんもビックリするくらいの苦労人だった!

上記したように恵美子さんは、イギリス人の父をもつハーフです。

イギリス人?アメリカでなくて?フィリピンでなくて?ね、そうですよね、この二つの国が沖縄在住外国人国籍では多いようなイメージです。

気になったので調べてみました。沖縄在住イギリス国籍の方、結構いるみたいです。人数ランキングでは10位前後(その年によって変わります)といったところでしょうか。

恵美子さんが生まれた北谷町は、町の半分が米軍施設であり、駐留米軍が多い地域でもあります。その関係上、他の外国人も多い地域になるのでしょうね。

清子さんは、最初は地元沖縄の歯科医と結婚したのですが、子どもができなかったという理由で離婚されてしまいます。

その後、イギリス人の軍人さんと知り合い、恵美子さんを妊娠したのです。

その人は、清子さんの妊娠後、イギリスに帰国。結婚して家庭を、という訳にはいかなかったのですね…。

「えーっ!なら子ども作るなよっ!」と思ったけど、でなかったら安室ちゃんがいなかったね…。あぁっ、複雑っ!!!

恵美子さんは、「お父さんは白人で自分はハーフだ。」とだけ清子さんから告げられ、その他の事は全く知らずに育ったという事でした。

清子さんは、昼は米軍基地で、夜はスナックで働き恵美子さんを育てます。これは大変だ…。

生活ももちろん大変ですよ。だって母子家庭ですからね。

月日は流れ、恵美子さんは高校を卒業、地元のバス会社に就職します。でも、清子さんには内緒でバス会社を退社し、単身上京。

そこで、沖縄の人と出会い結婚、安室恵美子となります。

実は安室家は、昔から商売を営む裕福な家庭だったようです。旦那さんは、所謂、お坊ちゃまですね。

子宝に恵まれ、3人の子ども(兄、姉、安室ちゃん)が生まれます。しかし、夫婦仲は最悪。

喧嘩が絶えず、安室ちゃんも怒鳴り合う両親の喧嘩に怯えながらの生活だったと言います。これは子どもには辛いね…。

加えて、恵美子さんがハーフだったことから、親戚から色々な嫌がらせもあったと言います。法事に呼んでもらえなかったり、ハーフということで白い眼で見られたり…。

ひどい差別だな…。

離婚後は、清子さんと同じような人生を送っていました。お昼は、保育士として働き、夜はスナックでホステスとして働く毎日

子ども、3人ですからね…。お金がかかります…。

安室ちゃんは、ダンスや歌の才能を見出され、芸能養成スクール(アクターズスクール)にスカウトされるのですが、月謝が払えないことから入学を断っています。

この頃の安室ちゃんの写真です。可愛いね。

家賃1万5千円の四畳半の団地に住んでいた家族。それは、月謝は出ないよ…。

「この子は絶対ものになる!」と校長が特待生として入学させますが、なんと交通費も払えなかったらしく、安室ちゃんはなんと片道1時間30分、歩いて通学していたのです。

安室ちゃんの上京に反対だった恵美子さん。娘が心配だったんでしょうね。

安室ちゃん、デビュー当時、まだあまり売れてなかった頃、ちょくちょく沖縄に帰ってきていたみたいなんです。

こんな時代もあったんだね~。それはお母さん、心配だわ…。

心配した恵美子さんは、「いつでも沖縄に帰っていい、もう帰っておいで。」と言いますが、「3年待って!」と芸能活動をつづけた安室ちゃん。

頑張りましたよね。ギリギリ3年目のブレイク1995年「Try Me ~私を信じて~」で見事レコード大賞受賞、そして一躍大スターに。

きっと、娘の成功を喜んでいたでしょう。

このことは「約束~わが娘・安室奈美恵へ~」(1998年9月出版)に綴られています。

いろいろなことが走馬灯のように頭の中をよぎりました。ミルクを飲まない赤ちゃんの頃、元気にはしゃぎ回っていた子供の頃、貧乏のどん底にあっていじけていた頃、アクターズに通っていた頃、そしてなにより、中学卒業と同時にボストンバッグひとつで家を飛び出していった後ろ姿……。

「3年で帰って来ることになる」と私は思っていました。でも、奈美恵自身は「3年後を見ていろ」という思いだったはず。それが実現し、結晶したのがレコード大賞だったわけです。

子供の頃から、奈美恵はめったに涙を流さない芯の強い子でした。まして、人前で泣くなんて絶対にありえない子。それが、レコード大賞受賞のときには人目をはばからず泣いたんです。

引用元:ダ・ヴィンチニュース 読みたい本がここにある

母、恵美子さんの安室ちゃんへの想いを感じることができますね

スゴイ!こんなに感動できる本なんですね!読んでみたくなりました。皆さんも、是非、機会があれば読んでみて下さい。

清子さんも恵美子さんも、安室ちゃんも苦労人だったんだね。安室ちゃんが成功してやっと楽に、というところで、あの恐ろしい事件が起きてしまったのです…。

犯人は平良譲二、義弟だった!考えるだけでもおぞましい安室奈美恵実母事件の概要とは?

ブレイク真っ最中、まさに頂点に立っていた安室ちゃんを襲った恐ろしい事件。安室ちゃんのファンだけでなく、日本中を震撼させました。

ここでは、事件の概要を詳しく見ていきます。

安室奈美恵実母殺害事件が残虐すぎる!事故現場もや死因も判明

1999年3月17日、10時40分事件は起こりました。

正確な場所は、那覇から北へ90kmに位置する沖縄県国頭郡大宜味村喜如嘉(くにがみぐん・おおぎみそん・きじょか)の道路上

喜如嘉は、人口は450人程度、西に東シナ海が広がる海沿いの小さな集落です。小さいですが、綺麗な町ですね。

それでは、タイムライン式で事件のあらましを見ていきましょう。

=1999年3月17日、10時40分=

恵美子さんと、夫の平良辰信さんは、道路の反対側に行こうと横断歩道を渡っていました。その時です。

一台のスカイラインが猛スピードで恵美子さんに突っ込んできたのです。辰信さんは、恵美子さんを助けようと恵美子さんの方へ走りますが、なんと車がUターンして再び向かってきました。

そして辰信さんも撥ねられ、ボンネットの上へ。さらに車が向かってくるので恵美子さんを電柱の影に何とか運んだが、運転手が鉈を持って向かってきたのです。

その運転手、犯人はなんと恵美子さんの夫の辰信さんの実の弟の平良譲二でした。

辰信さんは、鉈で襲い掛かる弟に鉄パイプで抵抗、近所の人々が集まってきて現場はパニック状態に。弟は逃走。

=10時47分=

恵美子さんは意識不明そのまま救急車で病院へ。

=11時17分ごろ=

病院へ到着。夫の辰信さんも念のため入院。

=11時48分=

恵美子さん、意識が戻らず死亡。

=午後1時45分ごろ=

犯人の平良譲二の車が、現場から5kmのところにある農道で発見される。車の中で意識のない平良譲二を発見、病院へ搬送。

注)農道の写真はイメージです。

=午後4時10分ごろ=

犯人の死亡が確認される。車の中には、殺虫剤の粉末が確認されており、平良譲二は、殺虫剤を服用して自殺したと断定された。

なんとも恐ろしい事件。その上、犯人が自殺してしまったため、動機が曖昧のままで謎多き事件となってしまいました。

犯行動機については後に考察しますが、以上が事件の概要です。次ではその日の安室ちゃんを見ていきたいと思います。

辛すぎる安室ちゃんのその日…。どうしてそっとしておいてあげなかったのだろう…。

1999年と言えば、安室ちゃんは温大君を出産し、復帰を果たしていた年です。

事件が起きた3月17日は、「RESPECT the POWER OF LOVE」の発売日でしたし、CMしているアサヒ飲料niceOneの発表イベントが予定されていました。

これですね。

イベントはこんな状況ですからもちろん中止となりました。この日の安室ちゃんをまたタイムラインで見ていきたと思います。

=午後12時20分ごろ=

事件が起きてから1時間半、恵美子さんの死亡が確認されて30分が経過しています。上記のCMのイベントが2時からだったので会場入りしていた安室ちゃんには「お母さんが事故にあったらしい。」とだけ連絡が入っています。

お姉さんに電話するも繋がらないし、落ち着きません。当然ですよね。

=午後1時10分ごろ=

ようやく事件の概要が届き、イベントやその他の仕事をすべてキャンセルし沖縄へ向かう用意を始めた安室ちゃん。でも、留学旅行シーズンだったようでなかなかチケットが手に入らなかったと言います。

同じころ、報道陣が殺到し事務所は対応に追われてしまいます。

=午後3時40分ごろ=

安室ちゃんが当時の夫SAMと羽田空港に到着。報道陣に囲まれ、前進も不可能な状態。

SAMが安室ちゃんの表情を撮ろうとしたカメラマンを押しのけたり、安室ちゃんを支えたりして搭乗手続きを行ったが、安室ちゃんが泣き崩れる姿が翌日、各局で報道されていました。

飛行機の中でも、直接の取材はなかったとはいえ、メディアは小型カメラでフライト中の安室ちゃんの姿をとらえTVで流しています。

当然、那覇空港にもマスコミが大勢押しかけています…。安室ちゃんは関係者出口から車に乗り、パトカーに先導されて警察署に向かったといいます。そして、遺体安置所にいるお母さま、恵美子さんと対面したのです。

本当にマスコミって最低です!ちょっと名前のある人達のスキャンダルや熱愛とはわけが違うのに…。

本当にそっとしておいて欲しかったです。安室ちゃんがメディアを嫌うのも当然ですね…。

事件後、最後まで歌手として歌い続けた安室ちゃん。お母さんのために、そして自分が母であるために。

=翌日3月18日、10時30分=

恵美子さんの司法解剖が行われる。死因は、頭部打撲によるくも膜下出血。

=翌日3月18日、時18時00分=

仮通夜

安室ちゃんは、まだ傷の残る恵美子さんを眺めながら大粒の涙を流し、自分の涙で恵美子さんの血を拭き取っていたそうです。

そして、19日には出棺され火葬、20日に告別式が行われています。

告別式の後、実の夫、平良辰信さんは、安室ちゃんや安室ちゃんのお兄さん、お姉さんに申し訳ないと涙を流して謝罪していました。

本当に突然のお母さんの死。受け入れられず、悲しみに暮れる安室ちゃん。安室ちゃんの精神状態をファンはとても心配していましたね。

安室ちゃんは事件後、このように語っています。

「遺族・兄・姉とも話し合い、与えられた仕事を頑張ること、それが母の願いではないかと受け止めております」(一部抜粋)

引用元:ウィキペディア

ファンの応援もあり、復帰は2週間後の3月29日の「 Hey Hey Hey!」。

重たい空気の中、安室ちゃんは短く「ご心配かけました。元気です。」と短く答え、ちょっと涙ぐんでしまったけど新曲の「RESPECT the POWER OF LOVE」を歌い切ったのです。

この時の松本さんの「俺が助けたる!」という言葉も話題になっていましたね。

その後、安室ちゃんがインタビューで語った気持ちです。

「母の死は私を地獄へ突き落とした。もう何もできなかった。けど、ずっとそうもしていられなかった…私も一人の母親として息子のために頑張らなきゃいけない。それが生きがい」(2005年1月「UK TIMES」インタビューより)

引用元:ウィキペディア

そうだよね、安室ちゃんもお母さんだもんね。

「母のことがあってからずっと辛かった。もう歌うことも「安室奈美恵」でいることもやめたいと思った。でも、今がどん底でもうこれ以上落ちることは無い…そう考えると少しずつ楽になっていった」

(2008年雑誌「AERA」(08,5,12号)のインタビューより)

引用元:ウィキペディア

上の写真にあるように安室ちゃんはタトゥーを入れています。

  • JUN.30 in 1950(1950年6月30日〈母恵美子さんのお誕生日〉)
  • my mother’s love live with me
  • Eternally in my heart(母の愛は私の中で永遠に生き続ける)
  • R.I.P(Rest in Peace 安らかに)
  • MAR.17 in 1999(1999年3月17日〈恵美子さんの命日〉)

今現在は事情があり消されてはいますが、お母さんへの愛を感じますね。

そして本当に頑張ったと思います。安室ちゃんは、この後、母として温大君を育てながら、2020年の引退まで歌手として芸能活動を全うしたのです。

安室奈美恵実母殺害事件、闇に葬られた平良譲二の犯行動機とは?

最後に、謎の多い安室奈美恵実母殺害事件の犯行動機に迫ってみたいと思います。

とは言え、事件直後、平良譲二は自殺していますので実際に犯行動機を聞くことができず、色々な噂、誹謗中傷、デマが飛び交ったと言います。

ここでは、平良辰信さんの実際の証言、インタビューなどから得られた様々な情報から犯行動機を検証します!

犯行動機① 平良譲二、婚約破棄の恨みから犯行説。

平良譲二さんは、事件を起こす前、婚約を破棄されています。その理由は、恵美子さんと辰信さんが反対したから。そして女性は身を引いてしまいます。

結婚に反対していた理由は次のように言われています。

理由①平良譲二に借金があったこと

理由②その女性があまり良い方でなく、恵美子さんと辰信さんの文句を常に言っていたこと。

実は、ある日、泡盛を2本飲み泥酔した辰信さんは、その彼女の事を思い出し、譲二さんの車をゴルフクラブでボコボコにしてしまったとか…。

いやいやいや、器物破損ね!(こちらも写真はイメージです。)

「弟を思って、あんな女と別れて欲しいからやってしまった」って車壊してもどうしようもないよ…。辰信さんも激しい人なのかな…。

弟を思っての事だったらしいのですが、弟さんがそう思っていたのかどうか、微妙なところですね。

平良譲二が逆恨みしていても不思議ではありません。実際、名護警察はこの理由を犯行動機として発表しています。

犯行動機② 平良兄弟は不仲だった。兄への恨みから犯行説。

辰信さんは、兄弟仲は良くなかったと認めていました。一般的にも兄弟姉妹3割ほどが不仲とは言いますけどね。

辰信さんによると、以前から兄妹の仲が良くなかったということはなく、辰信さんと恵美子さんの悪口を言うその婚約者の女性が現れてから、そんな女性にいいなりの譲二さんと不仲になったと言うのです。

でも、平良譲二は、いきなり恵美子さんを襲っています。

恵美子さんが主なターゲットだったことを考慮すると、兄弟不仲ではあったものの、これが主な犯行動機とは考えにくいですね。

犯行動機③ 恵美子さん、辰信さん兄弟の三角関係説から犯行説。

三角関係に関しては、辰信さんがはっきり否定しています。

このような噂が立ったのは、実は辰信さんが酒に酔ってしまうと度々恵美子さんを殴ることがあり、その度に、恵美子さんは、目の前にある弟の譲二さんの家に隠れていたというのです。

そんな光景を見た人々が、「恵美子さんは隠れて譲二さんと過ごしている」と噂するようになったのです。

辰信さんによれば、確かにそんなこともあったとか。

そうなの?ちょっとビックリですが…。

酒に酔って、殴ってしまったこともある、でも翌日にはケロッとしていて普通に過ごす、夫婦仲は悪くなかったと証言しています。

ちょっと私には理解できませんが、いろんな夫婦がいると言う事かな?

でも、これも、そうであれば真っ先にお兄さんを狙うはずで…。

この二つ、兄弟不仲説と三角関係説はかなり信憑性に欠けますね…。

犯行動機④ 安室ちゃん高所得からくる金銭トラブル?だとしたら悲しすぎる…。

それから、お金のトラブル。これは、辰信さんもあったと認めています。

平良譲二には消費者金融から借金があったため、何度も恵美子さんに借金を申し出ていました。

完全に安室ちゃんのお金を当てにしています

そうなったのも、沖縄では、お金はある人がない人に用立てるのが普通、そういう文化があるらしい。

それに、平良譲二からすると、「辰信さんの暴力から逃げたい時は、恵美子さんを助けているのに、自分が困っている時は、お金があるのに助けてくれないなんて…」と思っていたかもしれません。

以上の情報から考えると、犯行の動機は恨みとお金のトラブルのコンビという事になりますね。

つまりは、恵美子さんに婚約を破断にされた恨みとお金を貸してもらえなかった恨みが重なり、こんな犯行に及んだのでは?と言われています。

考えられるもう一つの可能性を発見!平良譲二、恵美子さんと無理心中?

もう一つの可能性。これは可能性でしかないのであまり取り上げられていません。

平良譲二は、恵美子さんに想いを寄せていたのでは?

それは、なぜ平良譲二は、動かなくなっている恵美子さんを何度も車で轢き、その後、鉈で攻撃しのか?という点が謎だからです。

その後、自殺。あれは平良譲二にとって無理心中だったのでは?

辰信さんは、これを強く否定しています。「そんな事は絶対にない!」と。

ただ、あの行動の説明がつくのは無理心中ではないか…。

そう思わずにはいられない行動ですよね。何ども言いますが、本人が自殺していますからね…死人に口なしとはこのこと。色々な事が闇の中なのです…。

まとめ

今回は、安室奈美恵さんのお母さんの事件についてでしたが、いかがでしたでしょうか?

以下、まとめます。

安室奈美恵ちゃんの母親は、平良恵美子さん。イギリス人の父親と日本人の母親清子さんの間に生まれたハーフである。つまり、安室ちゃんはクオーター。

安室ちゃんの祖母、恵美子さんの母、清子さんは恵美子さんの父親とは結婚しなかったため、女で一つで昼も夜も働きながら恵美子さんを育てている。当時、ハーフが珍しかったため、恵美子さんはいじめや差別を受けながら育ったと言う。

恵美子さんは、高校卒業後、バス会社で少し働き、その後上京。その時に出会った人と結婚し、3人の子どもを産む。安室ちゃんはその末っ子である。

■恵美子さんは、旦那さんとは上手くいかず、安室ちゃんが3歳の時に離婚。その後、清子さんと同じ昼も夜も働き子どもを育てるシングルマザー人生を歩む。

才能を見出され、特待生としてアクターズスクールに通い始めた安室ちゃん。交通費もなかったため、片道1時間半の道のりを歩いて通っていた。

安室ちゃんが東京に上京することを反対した恵美子さんだったが、安室ちゃんの3年だけという説得に折れて上京させる。

■3年の芸能活動の末、安室ちゃんは「Try Me~自分を信じて~」で日本レコード大賞を受賞し、トップスターとなる。

その後、1998年9月「約束~わが娘・安室奈美恵へ~」を出版している。その中には安室ちゃんへの母の愛が溢れている。

しかし、安室ちゃんの成功を喜ぶのもつかの間、1999年3月17日、実の夫、平良辰信さんの弟、平良譲二に殺害されてしまう。

■1999年3月17日、朝10時40分、安室奈美恵の母、恵美子さんはスカイラインに撥ねられ、鉈で襲われた。夫の辰信さんの応戦もむなしく、恵美子さんは搬送先の病院で死亡した。

犯人の平良譲二は、車で逃走し、現場から5km離れた農道で農薬を服薬して自殺

当日、事件を知った安室ちゃんは、仕事を全部キャンセルして恵美子さんのもとへ。この時のマスコミの対応はすざまじく、空港で安室ちゃんは身動きも取れない状態だったという。

ファンからの応援もあり、安室ちゃんは2週間で仕事に復帰。涙ぐみながらもHey Hey Hey!で「RESPECT the POWER OF LOVE」を歌った。

■安室ちゃんは、悲しみを乗り越え、一人の母としてしっかり仕事をし、2020年の引退まで歌手として駆け抜けた。

安室奈美恵実母殺害事件の犯行動機は犯人の自殺で謎のままである。

■名護警察は犯行動機として、恵美子さんと辰信さんの反対で平良譲二の婚約が破談になったという恨みから犯行に及んだと発表した。

もう一つ考えられるのは、金銭トラブル。平良譲二には借金があり、安室ちゃんのお金があると思われた恵美子さんに借金の用立てを申し出ていたが、断られていた。兄、辰信の暴力がひどい時には、家にかくまってあげていたのにお金は用立ててもらえず、逆恨みをしていた可能性があった。

その他、兄弟不仲説、三角関係説とあるが、辰信氏がはっきり否定している上に信憑性もない。

■犯人、平良譲二の行動からもう一つの可能性が考えられる。平良譲二は恵美子さんに想いを寄せており、無理心中したのではないか?というもの。辰信さんは否定しているが、犯行の時の犯人の行動から、この可能性も否定はできない。

本当にこんなに悲しい事はないと言えるくらい悲しい事件

恵美子さん、最愛の母の死。大きな悲しみが安室ちゃんに襲い掛かったに違いありません。事件当時48歳。あんな事がなければ、まだまだ一緒にいれたはずですから。

亡き恵美子さんの人生は、決して平坦なものではなかったけれど、その中に喜びもあったと思います。安室ちゃんという大スターを育て上げていますしね。

そして、きっと恵美子さんはいつまでも安室ちゃんの心の中で生き続けていることでしょう。

R.I.P ~Rest In Peace~

安らかにお眠り下さい。

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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