明石家さんまさんといえば、テレビで見ない日はないほどの大御所お笑い芸人ですよね。いつも底抜けに明るいさんまさんですが、実は過去に最愛の弟さんを火事で亡くしています。
「弟さんの画像ってあるの?」「亡くなった原因は何だったの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。
弟の杉本正登さんは1983年、わずか19歳で命を落としました。その背景には、家業の後継ぎ問題や複雑な家庭環境があったとされています。
明石家さんまの弟・杉本正登の画像と死因
さんまさんの弟・杉本正登さんに関するポイントを整理しておきますね。
- 弟の名前は杉本正登(すぎもと まさと)で、さんまさんとは異母兄弟
- 1983年4月18日、奈良県の実家の火事で19歳の若さで亡くなった
- 警察の捜査から自殺の可能性が高いと発表されている
- 自殺の理由は家業「杉本食品」の後継ぎ問題とされる
- 当時の週刊誌に写真が掲載されているが、鮮明な画像は残っていない
| 名前 | 杉本正登(すぎもと まさと) |
|---|---|
| 没年月日 | 1983年4月18日(19歳没) |
| 出身地 | 奈良県 |
| 学歴 | 奈良育英高校卒業 |
| 家族 | 明石家さんま(異母兄) |
| 特技 | サッカー(高校時代インターハイ出場) |
杉本正登はどんな人物だったのか?
弟の正登さんは、さんまさんの実母が亡くなった後、お父さんの再婚相手との間に生まれた異母兄弟です。さんまさんとは8歳ほど年が離れていました。
さんまさんは弟ができたことをとても喜び、正登さんのことを「チビ」と呼んで大層可愛がっていたそうですよ。年の離れた兄弟ならではの微笑ましい関係だったんですね。
正登さんはスポーツ万能で、特にサッカーの腕前は相当なものでした。奈良育英高校サッカー部のキャプテンを務め、インターハイにも出場しています。
サッカーに情熱を注いでいた正登さんですが、高校卒業後は実家の家業を継ぐ立場にありました。
正登さんの写真は、1983年の火事の後に週刊誌に掲載されたものが確認されています。ただし当時の印刷のため鮮明な画像は現在ほとんど残っていない状態です。
その紙面から見る限りでは、さんまさんと目元に似た雰囲気があるとも言われています。異母兄弟とはいえ血の繋がった兄弟ですから、どこか面影が重なる部分があっても自然ですよね。
死因は自殺?家業の後継問題が原因か
1983年4月18日、さんまさんの実家で火災が発生しました。実家は奈良県にあった「杉本食品」という水産加工業の家で、1階が魚の干物などを加工する工場、2階が住居という造りです。
約430平方メートルの建物が全焼し、就寝中だった杉本さん夫婦と祖父は何とか避難できたものの、正登さんだけは助かりませんでした。
工場の中央付近で遺体となって発見された正登さん。当時さんまさんは27歳で、弟の突然の死に言葉を失ったそうです。
当初は火事に巻き込まれた事故と見られていましたが、警察の現場検証で不審な点が次々と浮かび上がります。
工場が広いため煙に巻かれるまでには時間がかかること、就寝中の家族にすぐ知らせなかったこと。そして正登さんの下着にまで灯油がべったりと染み込んでいたことが決定的でした。
逃げようとした痕跡も一切なく、警察は灯油を自ら浴びた上での自殺と判断しました。
自殺の理由として最も有力視されているのは、家業の後継ぎ問題です。正登さんは高校の同級生に「家業を継ぎたくない」と漏らしていたことが当時の報道で明らかになっています。
インターハイに出場するほどサッカーに打ち込んでいた正登さんですから、サッカーに関わる道に進みたかったのかもしれません。
一方で兄のさんまさんは自由にお笑いの道を選び、すでに多くの冠番組を持つ売れっ子芸人でした。自分だけが家業を背負わなければならないプレッシャーは、19歳の青年にとって想像を超えるものだったのではないでしょうか。
兄が自由に活躍する姿を、正登さんは複雑な思いで見ていたのかもしれません。相談すれば引き止められる——そう感じて、誰にも打ち明けられなかったのではないでしょうか。
ただし、さんまさん自身は弟の自殺を涙を流しながら否定しています。遺書も残されていなかったため、本当の理由は今もはっきりとは分かっていません。
明石家さんまはオール巨人の励ましで立ち直った
最愛の弟を失ったさんまさんは、深い悲しみに沈みました。お笑い番組でも笑いが取れなくなり、芸能界からの引退すら考えていたそうです。
お笑いに人生を捧げてきたさんまさんにとって、人を笑わせることができないというのは本当に辛い状況だったはずですよね。
そんな窮地を救ったのが、同期のオール巨人さんでした。共演の場で、あえてさんまさんに弟さんの話を振ったのです。
触れてほしくない話題だったかもしれません。しかしさんまさんは、これをオール巨人さんなりの励ましだと受け取りました。
そして見事に笑いに変えてみせます。このことがきっかけでさんまさんは復活を遂げ、「これで芸人やめんで済むわ」とオール巨人さんに深く感謝したそうですよ。
さんまさんがテレビで涙を見せないのも、暗い人にも笑顔になってもらいたいというポリシーがあるからだと語っています。弟の死という辛い経験が、お笑いに対する覚悟をより一層強くしたのかもしれませんね。
まとめ
明石家さんまさんの弟・杉本正登さんは、1983年に実家の火事で19歳という若さで命を落としました。サッカーに情熱を注ぐ青年が家業の後継問題に追い詰められた末の悲劇とされています。
さんまさんにとっては、かけがえのない弟との突然の別れでした。お笑いで人を笑わせることすらできなくなるほどの衝撃を受けています。
それでも、オール巨人さんの励ましをきっかけに復活し、今もなお第一線で活躍し続けるさんまさん。座右の銘「生きてるだけで丸もうけ」の重みが、改めて胸に響きますよね。



コメント