大谷翔平選手のご両親が現在どんな暮らしをしているのか、気になりますよね。ドジャースと10年総額7億ドル(約1,000億円超)の契約を結んだスーパースターの両親は、意外にもその恩恵に甘えることなく、地元・岩手県で自分たちの力で生活を続けています。
特に母・加代子さんが今もパートを続けているという話は有名で、その謙虚な姿勢に感動する人も多いですよね。あの礼儀正しく思いやりのある人柄は、いったいどんなご両親のもとで育まれたのでしょうか。
大谷翔平の両親と家族構成
大谷翔平選手のご両親について、ポイントはこちらです。
- 父・大谷徹さんは元社会人野球選手(三菱重工横浜)で、現在は少年野球チームの監督
- 母・大谷加代子さんは元バドミントン選手で、陣内貴美子さんとの対戦経験あり
- 両親は現在も岩手県の普通の一軒家に暮らし、大谷選手のお金には「手出しゼロ」
- 加代子さんは現在も飲食店でパートを続けていると言われている
- 大谷選手は兄・姉との3兄弟の末っ子で、家族全員がスポーツ経験者
大谷家は5人家族で、見事なスポーツ一家です。
- 父:大谷徹さん/元社会人野球選手
- 母:加代子さん/元バドミントン選手
- 長男:龍太さん/元社会人野球選手
- 長女:結香さん/元バレー部
- 次男:翔平選手/メジャーリーガー
7歳上のお兄さん、2歳上のお姉さんがいて、大谷選手は末っ子です。あの愛されキャラは末っ子気質からきているのかもしれませんね。
父親 大谷徹さんの経歴
| 名前 | 大谷徹(おおたに とおる) |
|---|---|
| 生年月日 | 1962年5月17日 |
| 出身地 | 岩手県北上市 |
| 身長 | 182cm |
| 経歴 | 黒沢尻工業高校 → 三菱重工横浜(社会人野球)→ 自動車ボディメーカー勤務(2016年退社) |
| 現在 | 少年野球チーム「金ケ崎リトルシニア」監督 |
徹さんは元社会人野球選手です。中学2年生から野球を始めましたが、最初は陸上部に入っていたそうですよ。理由は「坊主頭がどうしても嫌だったから」。
ただ陸上では、コンマ数秒の差でも相手の背中を見て走ることが耐えられないほどの負けず嫌いな性格で、結局2年生から野球部に転向しました。父親の勧めがきっかけでしたが、すぐにエースで4番を任され、県内の強豪チームからも注目される存在になっています。
岩手県立黒沢尻工業高校で甲子園を目指し、卒業後は三菱重工横浜で社会人野球選手としてプレーしていました。プロ野球選手を目指していましたが、肩を壊して断念。その後は横浜から地元・岩手に戻っています。
会社員として働くかたわら、大谷選手が小学2年生で「水沢リトル」に入団すると同時にコーチを買って出ました。中学では「一関リトルシニア」でもコーチを務め、計7年間にわたって息子を支え続けています。
実は長男の龍太さんが野球を始めたときは多忙で何もしてあげられず、それが心残りだったそうです。そのぶん大谷選手には熱心に指導していたんですね。
大谷選手自身も「バッティングなど基本的なことは、すべて父に教わった」と語っています。
母親 大谷加代子さんの経歴
| 名前 | 大谷加代子(おおたに かよこ) |
|---|---|
| 生年月日 | 1963年 |
| 出身地 | 神奈川県横浜市 |
| 身長 | 170cm |
| 経歴 | 横浜立野高校 → 三菱重工横浜製作所(バドミントン部) |
加代子さんは元バドミントン選手で、小学5年生から競技を始めました。中学3年生で神奈川県代表として全国大会に出場し、団体女子の部で準優勝しています。
この決勝での対戦相手は、後にバルセロナ五輪に出場する陣内貴美子さんがいた熊本県チームでした。同学年だった陣内さんとはその後も何度か対戦することになったそうです。
高校でも国体やインターハイに出場するなど、かなりの実力者だったことがわかります。女性で身長170cmというのも当時は相当な存在感だったはずですよね。
高校卒業後は三菱重工横浜に就職し、ここで徹さんと出会いました。お二人は1986年に結婚し、3人の子供たちに恵まれています。
幼い頃の大谷選手は野球を始める前にバドミントンと水泳をやっていたそうで、加代子さんの影響は大きかったようです。徹さん182cm、加代子さん170cmのご両親から、大谷選手の193cmという恵まれた体格が受け継がれたんですね。
大谷翔平の両親の現在|母親は今もパートを続けている?
大谷翔平選手のご両親が今何をしているのか。ここが一番気になるところですよね。
まず徹さんは現在、岩手県の中学生硬式野球チーム「金ケ崎リトルシニア」の監督を務めています。2014年に有志とともに立ち上げたチームで、2016年末に会社を退社してからは監督業に専念しています。
加代子さんについては、現在も水沢市内の飲食店でパートを続けているという情報が広く知られています。週4〜6日ほど働いているそうですよ。
一方で、2018年に大谷選手がエンゼルスに入団した際にパートを辞めたという報道もあり、正確な現状は公表されていません。いずれにせよ、加代子さんの「自分たちの暮らしは自分たちで」という信念は変わっていないようです。
大谷選手がある時「いつまで働くの?」と聞いたところ、加代子さんは「あなたにおんぶに抱っこというわけにはいかないでしょ?」と笑って返したのだとか。
さらに加代子さんはこうも話しています。「お兄ちゃん、お姉ちゃんは自分で働いたお金で生活しているし、これからしていくわけです。なのに私たちが翔平におんぶに抱っこというのは、ほかの兄弟の目から見たらどうだろうと」。
徹さんも「息子が活躍するようになったからといって、子供に飯を食わせてくれとは言いづらいよ」と冗談めかして話していたことがあるそうです。
ご両親は現在も岩手県内の普通の一軒家に暮らしていて、外壁や内装のリフォームも自分たちのお金で済ませているそうです。大谷選手のお金には現在も”手出しゼロ”を貫いています。
マスコミに声をかけられても「遠いところご苦労さまです」とねぎらうような、思いやりあふれるお二人。大谷選手の人柄はこういうご両親からしっかり受け継いだものなんですね。
大谷翔平の両親の育て方|8つのルール
世界中から愛される大谷翔平選手を育てたご両親は、どんな子育てをしていたのか。大谷家には8つのルールがありました。
子供の前で夫婦ケンカをしない
ご両親は子供の前で夫婦喧嘩をしないことを誓っていました。子供がなんでも話したいことを話せる環境を作りたかったそうです。
おかげで大谷選手は幼い頃から「160kmを投げる」「メジャーに行く」と夢を堂々と語っていました。反抗期もなく、中学2年生までお父さんとお風呂に入っていたというエピソードもあります。
やりたいことを楽しくやらせる
「やりたいことを楽しくやらせる」は徹さんのモットーです。息子に「野球の練習をしろ」と注意することは一切なかったとのこと。
強要ではなく、大谷選手自身が「やりたい」と思う気持ちを大事にしていたんですね。
交換日記
7年間コーチとして支えた徹さんは、大谷選手と交換日記をしていました。大谷選手がその日の反省や課題を書き、徹さんがアドバイスや褒め言葉を返すスタイルです。
徹さんは「書くことで頭に入る。面と向かってではなく文章で褒めるのが良い」と考えていたそうです。ノートには「一生けんめい声を出す」「一生けんめい走る」「一生けんめいキャッチボールをする」という3つのポイントが繰り返し書かれていました。
自宅へ野球を持ち込まない
徹さんは野球に関してはコーチとして厳しい面もありましたが、家には野球を持ち込まなかったそうです。お風呂でその日の練習を少しだけ振り返る程度で、風呂上がりはいつもの父と息子に戻っていました。
成長段階の子供の体に無理をさせすぎないよう気遣っていたんですね。外では厳しく、家では優しいお父さん。このメリハリが大谷選手にとっての安心感になっていたんだと思います。
家族でできるだけ長く時間を過ごす
加代子さんは「家族でできるだけ長く同じ時間を過ごしたい」と考えていました。大谷家にはテレビがリビングに1台だけ。夕食は父の帰りを待って5人全員で食卓を囲むのが当たり前でした。
その結果、子供たち3人の誰ひとりとして反抗期がなかったそうです。それぞれが自分の部屋にこもることもなく、理想的な温かい家庭だったんですね。
怒らない
ご両親は大谷選手をほとんど怒らなかったそうです。怒られた記憶はグラウンドでの野球のときだけで、家ではほぼなかったとのこと。
加代子さんによると、お姉ちゃんが怒られている姿を見ると大谷選手はその行動をやらなかったそうです。周りを観察して感じ取る力が幼い頃から備わっていたんですね。
親からネガティブな叱責を受けずに育った子供は、自分の考えを信じて成長できると言われています。二刀流の原点にはこうした家庭環境があるのかもしれません。
一生懸命な親の背中を見せる
徹さんは仕事の夜勤明けでも大谷選手と試合に向かい、加代子さんも大谷選手が小学生になるとパートに出ました。
身を粉にして働きながら見守ってくれる両親の背中を見て、大谷選手は「自分で努力しなければ」という自覚を持ったのではないでしょうか。子供は本当に親の背中をよく見ていますよね。
自分で考えさせる
大谷選手は学生時代から剛速球で知られ、高校3年生ではアマチュア史上初の160キロを記録しています。
ただコントロールに悩んだ時期があり、そのとき加代子さんは「弱点を踏まえて、次の目標や改善点を具体的にどうするべきか考えなさい」とアドバイスしたそうです。答えを教えるのではなく自分の頭で考えさせる。冷静で的確な言葉ですよね。
まとめ
大谷翔平選手のご両親は、元社会人野球選手の徹さんと元バドミントン選手の加代子さんです。大谷選手は3兄弟の末っ子として、スポーツ一家の温かい家庭で育ちました。
大谷家の8つのルールには、子供の自主性を尊重し、安心できる家庭環境を整え、親自身が一生懸命に生きる姿を見せるという一貫した方針がありました。大谷選手のあの礼儀正しく思いやりのある人柄は、こうした家庭環境から育まれたものなんですね。
現在、徹さんは岩手県で少年野球チームの監督を続け、加代子さんもパートを続けていると言われています。メジャーリーガーの息子に甘えることなく自分たちの力で暮らし続けるその謙虚さこそ、大谷選手の人柄の原点ですね。
大谷翔平さんの姉・結香さんの旦那についてはこちらの記事もどうぞ。



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