1999年8月、神奈川県の玄倉川で起きた水難事故は、27年が経った今でも語り継がれています。「DQNの川流れ」とも呼ばれるこの事件で、リーダー格だった加藤直樹さんは現在どうしているのでしょうか。
ダム職員や警察の警告を何度も無視し、結果として13人もの命が失われたこの事故。生き残った5名のその後についても、気になりますよね。
玄倉川水難事故の概要 指示に従わなかった結果、川に流され13人が死亡していた
- 1999年8月14日、神奈川県玄倉川の中州でキャンプをしていた18人が増水で流され、13人が死亡した水難事故
- リーダー格の加藤直樹さんが6回にわたるダム職員・警察の避難警告を無視し続けたことが原因
- 加藤直樹さんは2021年時点で当時の勤務先「富士繁」に勤務していることが動画で確認されている
- 娘の加藤朝香さんは高校時代にブログが炎上し閉鎖、その後の消息は不明
- 他の生存者(加藤一樹さん、平野幸男さん、平野嗣富さん)の情報は一切出ていない
玄倉川水難事故とは、1999年8月14日に神奈川県足柄上郡山北町の玄倉川の中州で起きた水難事故です。廃棄物処理会社「富士繁」に勤める男性社員たちと家族、婚約者、女友達の18人が大雨による増水で流されてしまいました。
| 名前 | 加藤直樹(かとう なおき) |
|---|---|
| 生年 | 1968年頃(事故当時31歳) |
| 職業 | 株式会社富士繁 社員 |
| 事故での立場 | キャンプグループのリーダー格 |
| 事故後の状況 | 生存(流されたが対岸に漂着) |
この事故では社員5名、妻2名、子供4名、社員が連れてきた女性2名の計13名が亡くなっています。犠牲者の一覧は以下のとおりです。
松尾利美さん(31歳)、松尾理恵さん(30歳)、松尾歩ちゃん(9歳)、松尾駿兵ちゃん(5歳)、加藤裕二さん(33歳)、加藤美江さん(28歳)、加藤優香ちゃん(1歳)、梶ヶ谷剛さん(25歳)、織立亜希子さん(25歳)、高橋直人さん(26歳)、小野崎恵子さん(25歳)、原田敬介さん(48歳)、原田千佳ちゃん(9歳)
子どもを含む多くの命が失われた、非常に痛ましい事故でした。
この事故で生き残った加藤直樹さん(グループのリーダー格)の行動があまりに非常識だったため、ネット上では「DQNの川流れ」と呼ばれるようになりました。
加藤直樹さんがそう呼ばれる理由をまとめると、以下のようなエピソードが語られています。
ダムの管理職員や警察官が前日から6回も警告していたのに従わず、暴言を吐いていたこと。自業自得な状況に陥ったにも関わらず、救助隊に対して「モタモタすんな」と怒鳴ったこと。
さらに、救助後に地元ボランティアが作ったおにぎりを地面に叩きつけ「まずい!」と暴言を吐いたとされること。仲間たちが流されている最中に「流されたテントを回収したら返してほしい」と捜査隊に要求したとされることなどが挙げられます。
そもそも警告に従っていればこんな結末にはならなかったはずですし、自分の行動がどれだけ周囲に迷惑をかけているか自覚してほしいところですよね。
救助後も暴言を吐いたり、仲間よりテントの心配をしていたというエピソードを聞くと、もうどう擁護しようもありません。
では、ダムの職員や警察官はどのくらい事前に注意していたのか。サイレンを含め、実に6回も避難を促していたんですよ。
①1999年8月13日 15時20分 玄倉ダムの管理職員が1回目の警告を行い、避難を促しましたが無視されました。ちなみに、グループ以外のキャンプ客はこの時点でほぼ全員が避難しています。
②19時35分 現場上流の玄倉ダムが決壊を防ぐための放流を警告するサイレンを鳴らしましたが、避難する気配なし。通常10分のサイレンを30分に延長して鳴らしたそうです。この時点で神奈川県全域に大雨洪水注意報が出ていました。
③19時50分 ダム職員が再び警告して避難を促しましたが、加藤さんらはダム職員を追い返しています。
④21時10分 ダム職員は地元の松田警察署に通報し、警察官とともに避難勧告を行いました。この時すでに中洲と川辺の間の水量が上昇して渡れなくなっており、拡声器を使って呼びかけるような状態でした。
それでも加藤さんらは「大丈夫」と言って避難しませんでした。あれだけ水が増しているのに、かなり感覚がおかしいですよね。
⑤22時45分 再び警察官が避難を促しましたが、「うるせぇ」「警察にそんな事を言われる筋合いはない」と暴言を吐いて追い返しています。この時、加藤さんらはかなり酒に酔った状態だったようです。
⑥翌8月14日 7時30分 警察官が現場を訪れて避難を呼びかけましたが、酔って寝ていたのか反応がありませんでした。この時すでに神奈川県全域に大雨洪水警報が出されていたんです。
ちなみに、警察官が訪れる前の6時頃にも、前日避難した3人が大声で呼びかけていますが反応なし。その後、前夜に避難した3人が119番通報しましたが、すでに手遅れでした。
救助隊が到着した時には中州は濁流に囲まれ、必死の救助活動も虚しく18人が川に流されてしまいました。
これだけ繰り返し注意されていたにも関わらず避難しなかったのですから、自業自得と言われても仕方がない結果です。
ただし、善悪の判断がつかない子どもたちまで犠牲になっていることを考えると、胸が痛みます。被害に遭った大人たちの中にも、加藤直樹さんに逆らえなかった人がいたのかもしれません。
たとえ集団のリーダーが「大丈夫」と言ったとしても、客観的に状況を見て自分で判断する力が必要でしたよね。自然の力を甘く見てはいけないということを、この事故は痛感させてくれます。
玄倉川水難事故のリーダーら生き残りメンバーの現在
この水難事故で生き残ったのは、加藤直樹さん(31歳)、加藤朝香ちゃん(5歳)、加藤一樹ちゃん(1歳)、平野幸男さん(29歳)、平野嗣富さん(31歳)の5名です。事故から27年が経った今、彼らはどうしているのでしょうか。
救出費用4,800万円を地方自治体が負担 散々迷惑をかけたのに謝罪は無く裁判も開かれていない
この事故の救出にかかった費用は、地元自治体の山北町が負担しています。その額はなんと4,800万円だそうです。
警告に従っていれば起こらなかった事故なのに、自治体が負担するというのは納得しがたい話ですよね。
しかも生存者たちは、これだけ周囲に迷惑をかけたにも関わらず謝罪会見すら開いていません。散々迷惑をかけた挙句、謝罪もなかったために批判を集め、27年経った今でもネット上で語り継がれているのでしょう。
加藤さんらが公的機関に対して裁判を起こした記録も残っていません。仮に訴えたとしても、公的機関の対応に落ち度はなかったため敗訴する可能性が高かったとされています。
公的機関には避難を指導する義務はあっても、強制する権限はありません。再三注意したにも関わらず暴言で返されたのですから、これ以上どうしろと言うのか、という話です。
加藤直樹は現在も事故当時の勤務先「富士繁」で働いている?
加藤直樹さんが当時勤めていた廃棄物処理会社「富士繁」は2026年現在も社名を変えずに営業中です。公式サイトも運営されており、事業は継続しています。
では、加藤直樹さん自身は今も「富士繁」で働いているのでしょうか。
2021年1月にYouTubeに投稿された動画では、あるユーザーが実際に富士繁を訪問し、加藤直樹さん本人と会話している様子が映っています。受付を通るシーンも残っており、仕事中のインタビューであることから、やらせの可能性は低いと考えられます。
動画内では、投稿主が事故に関するエピソードについて質問しています。おにぎりを叩きつけた件やテントの件について聞かれた加藤直樹さんは、「全部ウソ。出まかせ」と否定しました。
確かに、おにぎりやテントのエピソードについては映像として残っているわけではありません。ただ、警察官やダム職員の警告を無視し続けたことは事実として報じられており、その点について擁護することは難しいでしょう。
この動画の内容が事実であれば、加藤直樹さんは2021年時点で富士繁に勤務していたことになります。2026年現在も在籍しているかどうかまでは確認できていませんが、当時58歳前後であることを考えると、まだ働いている可能性は十分あります。
加藤朝香のブログが炎上後閉鎖 その他生存者の現在は不明
加藤直樹さん以外の生存者について、まず息子の加藤一樹さんは事故当時わずか1歳。叔父が岸に向かって放り投げ、居合わせたキャンプ客が決死の覚悟で救出したことで助かりました。
一樹さんは2026年現在27〜28歳になっている計算ですが、事故後の情報は一切出ていません。同じく生存者の平野幸男さんと平野嗣富さんについても、消息は完全に不明です。
一方、娘の加藤朝香さんについては、高校2年生(17歳)の頃に運営していたブログから情報が出ています。
そのブログには、玄倉川水難事故のことを思わせる記述がありました。幼稚園の頃に水難事故に遭ったこと、妹の「優香ちゃん」がいたこと、母親は亡くなっているが父親は生きていることなど、加藤朝香さんと状況が一致する内容だったため話題になりました。
ブログの内容からは、母親が亡くなったことについて自分を責めている様子がうかがえました。父親がこの事件のことを子供たちにどう伝えていたのかは分かりませんが、当時の態度を考えると複雑な気持ちになります。
また、ブログには救助活動への不満や、前日に避難させるべきだったという趣旨の記述もあり、これがきっかけで炎上してしまいました。実際には再三の警告を聞き入れなかったのが原因なのですが、父親から事実を正確に伝えられていなかった可能性もありますよね。
炎上後、ブログは閉鎖されています。友人のブログからは、朝香さんが高校時代に不登校気味だったことがうかがえます。高校3年生の3月までは在籍していたようですが、その後の詳しい情報は出ていません。
2026年現在、朝香さんは31〜32歳。結婚しているかもしれませんし、名前が変わって新しい生活を送っている可能性もあります。事故の記憶と向き合いながらも、今は穏やかに過ごせていることを願うばかりです。
まとめ
玄倉川水難事故のリーダー格だった加藤直樹さんは、2021年時点で当時の勤務先「富士繁」に勤務していることが動画で確認されています。27年経った今でもネット上では事故の記憶が風化していません。
娘の加藤朝香さんは高校時代にブログが炎上した後、消息が途絶えています。息子の一樹さん、同僚だった平野幸男さん・嗣富さんについては事故後の情報が一切出ていません。
6回もの避難警告を無視した結果、13人もの命が失われたこの事故。大雨の季節が来るたびに思い出される教訓として、今後も語り継がれていくべき出来事です。
自然の力を甘く見ず、避難指示が出たら速やかに従うこと。玄倉川水難事故が私たちに突きつけるメッセージは、いつの時代も変わりません。



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