山根康広の現在の画像は?結婚したの?昔の画像と比較してみた!

歌手

「Get Along Together」や「恋という名の翼」などの名曲を世に出した山根康広さん!

そんな山根康広さんの『現在』や『結婚の噂』・『昔の知られざるエピソード』の情報にスポットを当てて紹介します。

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山根康広の現在と昔の顔画像を比較!

現役のミュージシャンとしてライブに出演されている山根康広さん。

そんな彼の『現在』の顔について、ファンや某メディア内では劣化が囁かれているようです。

・山根康広ってこんな顔だったっけ?整形しすぎて腐った西城秀樹みたいになってる。

・この髪型と若作りした衣装が痛々しい。顔いじり過ぎじゃね!?顔おかしくなってる

・ヤバすぎる。ちょーダサい。こんな年の取り方はしたく無い

腐った西城秀樹って酷すぎる(笑)

それにしても、そんなに昔の顔と違うのでしょうか?

こちらが、過去の山根康広さんの画像です。

イケメンですね!

そしてこちらが話題の『現在』の山根康広さんの画像です。

物凄く老けましたね…確かに顔が全然違います(笑)

この”劣化で老けた”ことについては、

“一発屋”として知られるシンガーソングライター・山根康広が、音楽番組『水曜歌謡祭』に生出演し、その容姿の変貌ぶりに、ネット上や音楽関係者がザワついた。

とメディアでも大きく取り上げられていたようでした。

最近全くテレビに出ていなかった山根康広さんが出演することもあって、若い頃の画像がかなりのイケメンだっただけに、視聴者の方も気になっていたのではないでしょうか?

↓若い頃はやっぱりイケメンです。

しかし実際に番組に出演した山根康広さんは、かなりの劣化&老化をしており、視聴者をガッカリさせてしまいました。

まあ、年齢もあるでしょうが、顔が整ってくるという老化現象はまずないですし、昔格好良かったからこそ、容姿の変化が大きな話題になるというものです!

さて、一発屋とメディアでも言われていたほどの山根康広さんですが、昔と比べてあまりにも顔が変わりすぎていると噂になってしまいました!

この顔の変化が見られたのはいつ頃からなのでしょうか?

劣化の理由は二重整形だった?

実はこの顔の変化に関してある音楽関係者の供述によって、真相が明らかとなったのです!

「変貌を遂げ始めたのは、2010年頃から。デビュー以来はすっきりとした一重の瞳が印象的だった山根ですが、突然奥二重になりファンの間で話題に。」

「その後もくっきり二重へとカスタムされ、今ではすっかり“おばさん”のような女性っぽい顔つきに。」

「本人が満足ならまったく問題ありませんが、長年のファンからは『今後、どうなっていくのやら……』と、整形依存症を心配する声が上がっています」

『二重整形』での顔の変化だったのですね!!

では山根康広さんが行った『二重整形』とは具体的にどのような整形なのでしょうか?

美容整形外科医の方が山根康広さんの『二重整形』について次のように語っていました。

二重整形・二重手術・埋没法・切開法 … 切開しない二重まぶた施術として、プチ整形の代表的な施術としても知られています。

切開法(後戻りの無い二重まぶた施術: 切開法は希望の二重まぶたのラインに沿って切開し、皮膚や余分な脂肪を取り除いて二重まぶたを作ります。

山根康広さんの目元について話題になっているようですが、二重整形の切開法で綺麗な二重ラインを手に入れています。

と山根康広さんは『二重整形』の切開法で行った事を話していたそうなのです。

山根康広さんも今年で52歳…わざわざ顔を整形するような年代ではないと思うのですが(笑)

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山根康広は結婚しているの?

端正なルックスと甘い歌声から女性にはモテモテだったでしょうし、結婚しているのではないかと調べてみたところ、意外な事実が判明しました!

山根康広さんは現座も精力的に音楽活動されているそうで、楽曲作製やライブ活動を続けているそうです。

公式サイトもありますし、Youtubeにもオフィシャルサイトを構えています。

さて、実年齢よりも若々しい山根康広さんですが、現在もご結婚されていないそうです。

なんとビックリΣ(゚Д゚)

50歳を超えた現在も結婚をされていないようなんです…

きっとこれまでもずっとファンに自分の思いを伝えるために音楽活動に専念されてきたからこそ、結婚よりも音楽を優先されているのではないでしょうか?

二重整形など自身にお金をかけている事も、まだ歌手としての活動に専念したいという表れなのではないかと個人的には思いますし…

現在も結婚していないとのことですので、今後結婚する可能性は限りなく低いと思います!

市川海老蔵の結婚式で曲を披露

2010年7月29日に行われた市川海老蔵さんと故・小林麻央さんの結婚式にて、山根康広さんが「Get Along Together」を披露し話題になりました!

歌舞伎役者の市川海老蔵さんとフリーキャスターの小林麻央さんの披露宴が2010年7月29日、「ザ・プリンスパークタワー東京」であり、海老蔵さんのたっての願いで招待された歌手の山根康広さんが披露宴に登場した。

山根さんは、スクリーンに海老蔵さんと麻央さんの思い出の写真が映される中で「Get Along Together」を熱唱。

海老蔵さんは「結婚式の時はこの曲を、と思っていたので嬉しいです」と満面の笑みを浮かべ、麻央さんは瞳を潤ませた。

山根さんは「本当におめでとうございます。これからもずっとずっと幸せに」と二人を祝福しました。

市川海老蔵さんも山根康広さんの名曲を愛されていたのですね!!

市川海老蔵さんが自身の『結婚式ソング』にするまでに愛した山根康広さんの名曲「Get Along Together」について、知らない方のために紹介します。

『Get Along Together』は、日本の歌手山根康広のデビュー及び2枚目のシングルです。

1991年冬、山根が結婚する友人のために1週間で書き上げた曲である。詞と曲が完成したのは結婚式の前夜であった。

1993年1月21日にデビューシングルとしてリリース。オリコン最高12位。

同年9月6日にリメイク版「Get Along Together-愛を贈りたいから-」を2ndシングルとしてリリースしロングヒットを記録。

有線放送から火がつき、同年10月6日付の有線チャートでは1位を記録。第26回日本有線大賞最優秀新人賞、第35回日本レコード大賞最優秀新人賞受賞。

この曲で翌1994年の第45回NHK紅白歌合戦に出場した。

1994年夏までに150万枚を売り上げた楽曲となっています。

現在の音楽シーンでは中々超えることのできない壁ですよね。

勿論曲も素晴らしいですが、その曲を歌っているのがイケメンの山根康広さんだったということも、売り上げに大きく影響していると思います( `ー´)ノ

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山根康広の昔:若い頃のエピソード

歌手活動の当時の心境や自身の『昔』のことを語っていたエピソードをご紹介します。

ー山根さんには1993年「Get Along Together」のリリース当時、会社勤めをしながら週末に音楽活動をする日々があったと伺いました。

気持ちの切り替えや時間のやりくりも含めて、当時どんな生活を送っていたのでしょうか?

当時は「デビューしたとしても、音楽だけではなかなか仕事として生活できないだろうから、今働いてる会社は、辞めないで音楽を続けるべきだ!」と周りの音楽関係者に言われました。

そこから、会社で仕事をしながら、週末にスタジオに入ってレコーディングやライヴ、それからデパートなんかでプロモーションといった日々が続きまして「いつかきっと…」という夢と音楽が出来ることだけが支えでした。

この頃は、ほとんど寝ていなかった気がします。

やはり音楽一本でご飯を食べていくのは難しいですもんね…

「いつかきっと…」と思って頑張り続けることができるって本当に凄いと思います。

ー当時の印象的な出来事や、ヒットと共に激変していったご自身の環境などのエピソードがあれば、教えてください。

1993年の1月にデビューしたんですが、5月~6月頃までは何も変わらず会社員として働きながら、週末は音楽活動といった生活でした。

それが、夏にかけて少しずつ有線放送やラジオで、リクエストが増えてきてリクエストチャートに上がってきたんです。

すると「東京からテレビに出ないか?」という声を頂きまして。

それでテレビに出ることになったのですが、放送後、テレビ局にものすごく電話があったようで…今度は働いていた会社の方にも電話がかなりかかってくるようになりました。

「職場にも迷惑をかけることになるし…」ということで、音楽だけでやっていくことに決めたんですね。

今思うと、会社員として4年半ぐらい働かせてもらったおかげで、社会一般的な事や、音楽を聴いてもらう側の立場も分かったような気がするし、とても良かったと思います。

本当にいきなり人気が出たようですね…

なんとなく音楽業界で活躍されている方のほとんどは、サラリーマンを経験していないと思っていただけに、なんとなくこのエピソードは新鮮でした(#^^#)

山根康広:あと、基本的にはバンドスタイルが好きだったので、本当はバンドでデビューしたかったぐらいなんです。

バンド組んでたんですけど、オーディションを受けると、そのバンドの中の何人かだけでいいと。「他のメンバーはこっちで集めるから」みたいな。

でもそれは嫌だったのでメンバーを変えずに活動してきたんですけど、大学出て就職するときに1人欠け2人欠けってなって活動休止状態となり。

で、俺はサラリーマンを4年ぐらいやりながら音楽活動をしてて、結果的にひとりでデビューすることになって。

最初はバンドデビューしたかったんですか…

ずっと一人のイメージが強かったので、凄く意外です(笑)

-そういうストーリーもあって、ソロでもバンドスタイルに拘ると。

山根康広:バンドサウンドが好きなので。

でもデビューしてから数年間はディレクターとプロデューサーの意向でスタジオミュージシャンも使っていて、譜面通りバッチリ演奏してもらってたんですけど自分はみんなと一緒に作っていきたかったんですよ。

愛情的な部分で生まれるグルーヴとかが全然違うし、そっちの方が好きなので…みんなで夢を追い掛けていくノリが。

山根さんが歌いたい音楽はずっとブレなかったことの証明でもある。

山根康広:そうですね。夢とか愛とか希望とか伝えたいものは変わらないので。

あと、自分がライブ会場に外タレとか観に行ったときに興奮したりすごく感動した記憶って今でも鮮明に残っていて、そういう部分を伝えたい想いが根本的にあるんですよね。

だから曲もみんなが歌えて、なるべくスタンダードになれるようなものを数多く作りたくて。

「感動できてよかったなぁ、また頑張ろうかなぁ」っていう気持ちになってもらいたいですから。

今はライブのバリエーションもいろいろあると思うんです。刺激を求めに行くとか、ハイになりたいとかグルーヴを楽しみたいとか。

俺的には思春期にガン!と感動したような王道を大事にしていきたいんです。

歌手としての活動を続けていく中で、考え方にも変化があったという事ですね!

柔軟な変化の中で、音楽への情熱だけは昔と変わらずに真っ直ぐに音楽への情熱を伝える。

この情熱があるからこそ、ファンは山根康広さんを応援しようと思うのではないでしょうか?

現在も山根康広さんは自身の変わらない情熱をぶつけ、ついてきてくれているファンに答えるようにLIVEハウスや音楽フェスなどを中心に歌手として活躍されています。

今後も、そんな山根康広さんの歌手活動に乞うご期待です!

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