山本太郎の元嫁、割鞘朱璃は現在セクシー女優の芹菜々子に大変身?離婚理由が悲しすぎる!

政治家

タレントから政治家に転身し、人々の心をつかむ演説で人気を集めている山本太郎さん。

そんな彼ですが、現在は正式な配偶者と呼べる方は居らっしゃいません。

また過去には結婚されていますが僅か3カ月で離婚しています。

今回は僅か3カ月だけ夫婦だった山本太郎さんの元奥様について取り上げていきます。

どうも元奥様の生い立ちや離婚後の生活がかなり波乱だと言われていますのでそのあたりを調査していきます。

山本太郎の嫁、割鞘朱璃は天才的プロサーファー(画像)

山本太郎さんの元奥様は、割鞘朱璃(わりさやじゅり)さんという方で元プロサーファーでした。

独身当時の名名前は割鞘朱璃さんで、愛称はイチゴさんです。

出身は千葉県柏市出身で、プロサーファーとなったのはサーフィンを始めて僅か1年であったと言われています

しかも、日本サーフィン連盟公認女子ロングボードのプロ第1号であったそうなので、その能力の高さがうかがい知れます。

現在は山本太郎さんの元妻という扱いが大きくなりすぎて、彼女のサーファーとしての活動や成績について記されているものが中々見つけにくいです。

しかし、彼女のサーファーとしての才能がいかに凄かったか分かる記事がありましたので、ご紹介します。

彼女がサーフィンを本格的に始めたのは14歳の時で、先程のプロライセンスを取得したのは実は15歳の時になります。

その翌年2009年16歳の時にはJPSA国内サーキットで優勝2回、準優勝2回、3位1回のツアー戦績でグランドチャンピオンに輝き、オールジャパンプロ優勝ルーキーオブザイヤーの3冠を獲得

ASPでは、ヒュンダイプロ・ニュージーランドで優勝しました。

ASPとは(Association of Surfing Professionals)の略で現在は「World Surf League(WSL)」と呼ばれています。

分かりやすく言えば、サーフィンの世界最高峰のプロリーグであり、モータースポーツで言えばF1・テニスだとATPやWTAと同じようなものと言えば理解しやすいでしょうか。

上記のニュージーランドでの優勝は世界サーフィン史上最年少優勝記録にもなっています。

また現役高校生で有る事とルクッスの良さから女子サーフィン界のアイドルとも呼ばれており、過去にはDVDも出すほどの人気と実力がありました。

もし山本太郎さんと結婚する事無くそのままサーフィンを続けていれば、世界的プロ選手として長い活躍が出来た可能性も高かった事から、その才能を惜しむ声が沢山あったようです。

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山本太郎の嫁、割鞘朱璃の2020年現在の活動について!

さて、そんな彼女が山本太郎さんと結婚に至るまでの経緯や詳細については後述しますが、お二人が夫婦だったのはわずか92日だと言われています。

結婚したのは2012年でまだ19歳でしたが現在は何をされているのでしょうか。

離婚後の割鞘さんについて追いかけてみます。

なお離婚されていますが姓は旧姓に戻されていないので、現在の本名は「山本朱璃」なのだそうです。

離婚後しばらくは大阪のキャバクラに勤務していた

僅か3カ月程で離婚する事になった朱璃さんですが、離婚そのものは協議離婚だと言われており慰謝料も200万程支払われたと言われています。

離婚当時はまだ20歳なのでまだまだ彼女の人生としてはゆっくりと時間をかけてやり直しが出来ると思うのですが、離婚後の彼女の動向として大阪の北新地でホステスをしていたとの噂があります。

慰謝料の200万円があるのですぐに生活に困るはずが無いと思うのですが、どうやら早急にお金が必要な事情があったと言われています。

結婚当時山本朱璃さんは、山本太郎さんの御実家で山本太郎さんのお母様と同居していました。

その時に自宅にあったペルシャ絨毯を汚した為の弁償代や実印の作成費用等合わせて60万円程を請求されており、その為に高時給である水商売をしていたと言われています。

一説ではキャバクラのお客にも借金を頼んでいたとも言われています。

慰謝料200万を支払って義母から60万請求されるというのも何ともおかしな話です。

しかしキャバクラでホステスをしていたという噂は2013年頃のネット記事が存在しているので、ほぼ間違いは無いようです。

とは言っても、義母から請求された件については、双方の言い分が違うなどとも言われており真偽は良く分からない様です。

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セクシー女優”芹菜々子”として活動中って本当?

離婚直後は大阪北新地でホステスをしていたとされる山本朱璃さんですが、ホステス業をいつまで続けていたのかは不明です。

その後彼女の名前が聞かれる事はありませんでしたが、約2年後の2015年に週刊文春にある記事が掲載されます。

2015年4月6日発売当時の記事見出しでは「山本太郎元妻がA●女優になっちゃった」というものでした。

記事の内容としては芹菜々子という女性がヌード写真集「深海」とイメージDVD「ニライカナイ」を発売するというもので、後にセクシー女優としてのデビューも予定されていて作品も既に撮影済みだと言うものでした。

ここで紹介されている芹菜々子という女性が山本朱璃さんではという記事の様です。

この当時他の写真週刊誌等にも芹菜々子さんの記事は掲載されており、実際に写真集とイメージDVDが発売されております。

現在どちらも中古ですが購入する事も可能です。

もちろん週刊誌に芹菜々子さんの写真も載っており、過去の山本朱璃さんの写真等と比べると目や口元の印象から同一人物と思われるというものです。

当時の記事でも山本朱璃さんであるかどうかの裏取を行っていますが、山本太郎さん側もセクシービデオのメーカーからも回答は一切なかったので世間での噂の域は出ませんでした。

これらの記事ではこの後セクシービデオの発売が控えていると書かれていましたが、実際には発売される事はありませんでした。

アダルト系のサイトでいろいろと調べてみると、どうやらデビュー作は2015年5月16日に発売が予定されていて、アダルト系DVD販売サイトに3月頃には予約商品として情報が出ていた様です

発売メーカーも元TOPセクシー女優だった吉沢明歩さんが専属契約していたメーカーで1作目のタイトル等も決まっていた様です。

ジャケット写真等は掲載されていなかったようで見つける事が出来ませんでした。

当時の掲示板サイト(5ch)にもこの事について書かれているスレッドを見つけました。

ところが4月に入って発売予定のメーカーから芹菜々子さんの作品の発売予定はありませんと発表されます。

セクシービデオの業界関係者からは、一旦発売情報を出したにも関わらずメーカーが無かった事にする全否定した事に困惑していたとされています。

また3月の時点で3本は撮影済みと言われていた様ですが、それらも日の目を見る事はありませんでした。

世に出なかった憶測は様々言われいていますが、その当時既に国会議員となっていた元夫の山本太郎さんへの影響を考えて何らかの力が働いたとの見方も有るかも知れません。

山本朱璃さんは離婚後にセクシー女優になったと多くのサイトで言われていますが、正しくはなり損ねたと言うものでした。

その後に芹菜々子さんの名前で何か活動されていたという記録は見当たりませんので、山本朱璃さんであったとしてもその後の足取りは分からない状態です。

結婚前はプロサーファーとして活躍されていましたが、そういった関係でも名前を見る事がないので2015年以降については一切不明のようです。

山本太郎と交際1カ月で結婚するまでの馴れ初めに迫る!

先程も触れましたが山本太郎さんとの結婚生活は僅か92日で終わっています。

2人の出会いや結婚に至るまでの経緯にはどういった事があったのか紹介したいと思います。

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サーフィンという共通の趣味がきっかけで意気投合

山本太郎さんと割鞘朱璃さんが結婚するのは2012年5月29日の事なので割鞘さんは19歳でした。

一見二人に接点が無い様に感じますが、実は山本太郎さんは趣味でサーフィンをやっており、仕事の合間にも行くくらい熱心だと言われています。

2人が知り合ったのは結婚よりも2年前にさかのぼるのだそうですが、2010年以降に二人が顔を会わすことはなかったらしく、結婚の1月前の2012年4月頃に再会した事がきっかけで僅か交際期間ひと月での結婚となったようです。

この時山本太郎さんは37歳だったので18歳の歳の差婚だったので話題となりました。

ただしこの時の山本太郎さんは、東日本大震災をきっかけに2011年4月から始めた反原発運動の影響で俳優としての仕事は無くなっており、割鞘さんと再会したとされる4月には一般企業に就職した時期でした。

つまり山本さんが俳優業に見切りをつけて政治家へと転身する時に結婚した事になります。

一体なぜ?山本太郎と結婚するも3カ月で離婚した理由

山本さんと結婚後、割鞘さんは大阪の山本さんの実家に身を寄せる事になります。

山本太郎さんは1歳の時に父親と死別しており、その後は母子家庭で育っており実家には母親と妻である朱璃さんとの同居生活になりました。

当時の割鞘さんのブログには結婚の報告と山本太郎さんのお母様との共同生活を楽しみにしているとも記されていました。

ところがこのブログから僅か3カ月で離婚する事になるのですが世間に知れ渡るのは離婚から1年が経過した頃まで伏せられていました。

後に分かる事ですが離婚する原因と思われるものが沢山あったようです。

離婚理由その①政治活動で妻を放置していたから

後に政治家になる山本太郎さんですが政治家とパイプがある訳でもなく与党などから請われて立候補などでもありませんので議員当選するまでは長い道のりがありました。

また結婚した2012年の12月に初めて山本さんは立候補して選挙に臨む訳ですがこの時は次点となり当選を果たすことが出来ませんでした。

この頃の山本さんは政治家になる為の反原発運動等で全国各地を飛び回っていた為、実家には月に3~4日しか帰れず新婚で有るにも関わらず朱璃さんを放置していた形になります。

後に山本さんが語っていますが、結婚後1月ほど経過した時に朱璃さんから「しんどい」と言われたそうです。

確かに朱璃さんは山本さんと結婚したのに月に3日程しか会えず、ずっと山本さんのお母さんと同居生活では何のために結婚したのか分からなくなります。

またお母さんとの実家暮らしが当初思い浮かべていたのと違ったとも言われています。

ここで疑問に思うのですが、政治家を目指している山本さんは何故奥さんを帯同させなかったんでしょうね?

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離婚理由その②嫁姑問題でメンタルが傷ついたから

結婚当初は山本さんの母親との同居生活を楽しみとしていましたが、実際は1カ月で旦那である山本さんに「しんどい」と弱音を吐いています。

月に3日程度しか会えずであればそれ以外は山本さんの母親とずっと一緒です。

そのお母さんは山本さんを女手一つで育てた大阪のパワフルおばちゃんです。

割鞘さんは千葉出身なので関西のおばちゃんに接する機会など19年の人生では恐らく無いでしょう。

筆者は関西出身なので何も感じませんが、関西弁に馴染みの無い地方の人には関西弁は怖いイメージもあると聞きますし、何でも遠慮なく発言する人も多いのでメンタルが強くないと心折られるかも知れません。

芸能記者の話によれば母親は「気性が激しく、理解されにくいところがある。」と言われており嫁姑の関係がうまく行っていなかったと考えられます。

それにやはり母子家庭であることからお母さんを大事にされていた様なので何か家族間のトラブルが起きた場合にも嫁の味方するのではなく母親に味方していたかも知れません。

そうなると一人千葉からやってきた朱璃さんにとっては頼れる人が居ない状態になり「しんどい」という言葉が出てきても当然だったかも知れません。

離婚理由その③山本太郎の女性問題が酷すぎたから

離婚理由の①で筆者はなぜ山本さんは自身の奥さんである朱璃さんを政治活動に同行させないのが疑問だと書きました。

お母さんの世話をして欲しかったとも考えられますが、普通は奥さんを連れて支持者等に挨拶や協力依頼を一緒に行うのが普通なのではと考えます。

もちろん朱璃さんが政治活動を拒否していたのであれば別ですが当時のブログには夫についていくとも書いていますので山本さんの理念に共感していると思われます。

また結婚を機にプロサーファーは引退か休業したと思われるので同行は可能だったはずです。

その疑問の答えも離婚後に判明します。

山本太郎さんに子供がいる事が2013年9月に判明します。

この子供は2013年7月21日生まれで逆算して考えると朱璃さんと離婚した前後で身籠っている事になります。

そしてお相手は脱原発運動の中で知り合った39歳の一般女性と言われています。

この事から考えられるのは、外に浮気相手が居たから政治活動に朱璃さんを連れて行きたくなかったとも推察できますね。

ちなみにこの女性とは子供の認知はしているそうですが籍も入れていなければ同居もしていないそうです。

山本さん曰く結婚という制度に疑問を持っているので形に拘らないと語っていますが、よくよく考えれば結局は浮気していただけとも言えます

もちろん状況から推測できるだけなのでこの事が離婚の真相なのかは分かりません。

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山本太郎の嫁、割鞘朱璃の生い立ちが衝撃的すぎると話題

最年少プロサーファーとして華々しく活動していた朱璃さんですが、プロの華々しい成績とは異なり実生活は大変壮絶だったことが判明しています。

朱璃さんは山本さんと結婚した直後の2012年6月に自身のブログで義父に虐待を受けてきた事を告白しています。

本人が告白した養父からの虐待の数々がヤバすぎる

割鞘さんは3歳の頃に両親が離婚しその後は母親の元で暮らしていました。

小学4年生になった時に母親が千葉に引っ越した際に現在の父親と知り合い再婚となりました。

再婚後同居が始まったのですが、そこから義父の虐待が始まったとされています。

  • テーブルマナーに厳しく箸の持ち方や一度注意された事が出来てないと髪の毛を引っ張られた
  • 成績が落ちた事に対して食事中にみそ汁の椀ごと投げつける
  • 夜中にベッドから落とされ髪の毛を引っ張られた状態で2階から1階へ階段に背中を擦り付けられながら引きずりおろされた
  • 投げつけられた時に金具で額を切り8針も縫うけがを負わされておりその傷は現在も残っている
  • 玄関で正座させられ頭の上に放尿する

とてもでは無いですがしつけのレベルでは無いのは言うまでもありません。

もちろん当初は母親も制止していたそうですが、再婚した負い目等もありそのうち助けてくれなくなったとも言われています。

余りにもひどい虐待の為に、中学時代には2年間児童養護施設での生活も送っているそうです。

ブログのなりすましや告訴問題までもが起きている

山本朱璃さんに対する義父の虐待をブログで告白した後に、朱璃さんは「週刊女性セブン」の2012年7月5日号に虐待の告発記事を掲載します。

その結果義父からの虐待は止まる事になったと言われています。

実はサーフィン活動も義父の管理下だったらしく、ブログも管理下に含まれていた様です。

その管理パスを義父が変更した為に朱璃さんは更新ができなくなりますが、ブログの更新はその後数回は何事もなくあったと言われています。

実は義父が朱璃さんに成りすまして記事を書いていたと言われいており、更新可能になった朱璃さんが後のブログにて語っています。

このブログは2012年で記事の更新は止まっていますが現在も見る事が可能です。

朱璃さんが山本太郎さんと結婚した事で義父の元から離れる事が出来て虐待を告発する事が出来た訳ですが、その報復かは不明ですが朱璃さんに対して名誉棄損の訴えを起こします。

この訴えには義父はもちろん血のつながった母親も同意しているのですから始末が悪い話です。

両親側の言い分では虐待の話は夫であった山本太郎さんがそそのかしたという主張だった様です。

この訴えの結末はどうなったのかは不明ですが義父の支配欲は相当だった事が伺い知れます。

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離婚時期の隠蔽や山本姓は実家に悟らせない為か?

義父による虐待や華々しく活躍していたサーフィンですら義父の管理下での活動だった朱璃さんですが、結婚を機に義父の支配から逃れられたことになります。

ですがその嫁ぎ先の生活もうまくは行かず僅か3カ月で終焉となりました。

朱璃さんとの離婚が報道されたのは1年後だったのは前述しましたが、その時期は山本太郎さんが初当選した後でもありました。

その事から当初は山本さんの選挙運動に悪影響を与えない為とも非難されましたが、別の理由もあったと言われています。

朱璃さんは前述しましたが離婚後も姓は割鞘に戻さず山本姓を名乗っておられます。

どうやら旧姓に戻さなかった事と離婚の事実を遅らせた事は全て朱璃さんの安全を考えての事だったとも言われています。

朱璃さんの安全というのは実家に連れ戻されない事であったようです。

ただ離婚前後の山本太郎さんの隠し子騒動等と合わせて考えると、朱璃さんの安全を考慮したという意見は怪しくも感じてしまいます。

そこまで思っているならそもそも離婚する前に修復を図ると思いますからね。

山本朱璃の現状は全く不明!最悪実家に連れ戻されたか…

山本朱璃さんが離婚した時はまだ20歳なので、サーフィンに復帰するかコーチや関連する事でいくらでも仕事があるだろうと思いました。

しかし、それらも義父の管理下で行っていた様なので、その類まれな才能は勿体ないですが、戻る選択肢になかったのだろうと思われます。

確かに高校生でプロになった事を考えれば才能もありますが金銭的援助を受けていなければ実現は不可能であり、義父の実家が名家で資産家だった為に可能だった事だと推測できます。

そんな山本太郎さんの元奥さん山本朱璃さんについてのまとめです。

  • 割鞘朱璃さんは高校生プロサーファーとして世界規模で活躍していた
  • サーフィンを趣味としていた事で山本太郎さんと知り合う事になる
  • 僅か交際期間1カ月で19歳の時に結婚するが3か月後に離婚する
  • 離婚理由は嫁姑問題、山本さんの浮気疑惑や新婚であるにも関わらず朱璃さんを放っておいた等様々な理由が言われている
  • 離婚直後の朱璃さんは北新地でホステスをしていたと言われている

  • 2015年には芹菜々子という名で写真集とDVDを発売し、セクシー女優としてのデビューも控えていたが土壇場で作品の発売が中止となりセクシー女優になり損ねた
  • 2015年以降の朱璃さんの表立った活動の情報がなく消息不明の状態
  • 山本朱璃さんは小学校4年当時に再婚した義父から虐待をずっと受け続けていた
  • 山本太郎さんと結婚した事で義父の虐待から逃れられたが、離婚した現在は実家に連れ戻されている可能性も否定できない
  • 類まれな才能を発揮したサーフィンも義父の管理下で行っていたと思われ本人がサーフィンが本当に好きだったのかは不明

今回一連の出来事を記事にしていく中で2人の結婚が果して愛情があって行ったものなのか、義父の虐待から逃れるための手段として利用したのか正直分からなくなりました。

現在山本太郎さんは子供が居られますがその母親とお子さんとは同居しておらず、結婚もしていません。

山本さんが結婚の制度に拘りたくないと言っていますが、ほぼ同じ時期に山本朱璃さんと結婚しているので正直説得力がありません。

自分の経歴にキズが付くのを恐れている様にも見えますので、二人の結婚は義父からの逃亡手段としての偽装だったように感じてしまいます。

山本朱璃さんは2020年でもまだ28歳なのでまだまだ長い人生があります。

全く縁もゆかりもない筆者ですが平穏で幸せな生活が送れていることを祈るばかりです。

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