ポール牧はなぜ自殺したのか?ビートたけしや稲川会との関係に迫る!

お笑い芸人

指パッチンで大ブレイクするも、後年はうつ病や借金地獄で自殺したポール牧さん。

彼がどうして自殺するまで追い込まれてしまったのか?

また、ビートたけしさんの師匠だったという噂やエピソードまでまとめてみました。

ポール牧はなぜ自殺したのか?死因に迫る!

出典:Yahoo!ブログ – Yahoo! JAPAN

ポール牧さんが東京都新宿区の自宅マンション(9F)から飛び降り自殺を図ったのは、2005年4月22日の早朝でした。

第一発見者はたまたま付近を通りかかったタクシーの運転手だったようで、歩道に血まみれになって倒れているポール牧さんを見つけ、慌てて救急車を呼んだようです。

死因は全身打撲だったようですが、足から落ちたようで顔はとても綺麗だったとか…

出典:原寸画像検索

携帯電話のメールがすべて消去され、遺書もなかったので事件性が疑われたようですが、最終的には自殺と判断されました。

そんな彼の葬儀を仕切ったのは、指定暴力団稲川会の井の上組組長の井の上孝彦さんでした。

稲川会の組長:井の上孝彦と義兄弟

なぜお笑い芸人と暴力団の組長が?と思う方も多いかと思いますが、実は2人は義兄弟の契りを交わすほど信頼が深かったようなんです。

「井の上さんとポールさんが五分の兄弟だったというのは公然の秘密だよ。2人が盃を交わしたのは、今から30年以上も前のことだったと思います」

「2人はしょっちゅう新宿を飲み歩いていました。年齢はポールさんが6歳年上で、彼は人目を憚らず井の上組長を“兄弟”と、組長は“ポールさん”と呼んでいました」

引用元:dailyshincho

とは、元井の上組所属の暴力団員の証言です。

ポール牧さんが自殺をしたとき、肉親はおらず嫁とも離婚してたので世話をしてくれる家族がだれもいませんでした。

なので『義兄弟の契り』を交わした井の上孝彦さんが全てを取り仕切ったんですね。

さて、62歳という若さで生涯を終えたポール牧さんですが、一体どうして自殺という道を選んでしまったのでしょうか?

調べてみると、躁うつ病と借金苦という2つの気になるキーワードが出てきました。

詳しく調べていきたいと思います!

理由①躁うつ病で精神が不安定

ポール牧さんの自殺の要因として主に考えられているのが、1990年頃から患っていた躁うつ病が原因だったのではないか…ということです。

当時マネージャーを務めていた甲斐喜久男さんも、そのような話をしていました。

ネット上でも『鬱で自殺をしたのでは…』というのは、多くの方が考えているようでした。

ではどうして自殺を考えるまでに追い込まれてしまったのか。

まず彼を追い詰めたのは、セクハラ騒動での仕事の激減でした。

2000年12月に彼がハンドパワーを施した銀座のホステスから「ポール牧からセクハラを受けた」という訴えを起こされてしまったのです。

えっ…ハンドパワー?

そうなんです。

実はポール牧さんには不思議な力があると信じられていました(‘ω’)

「ポールさんが4〜5分、手をかざすと、その部分が熱くなって痛みがなくなるらしいんです。出先でも腰や肩、背中が痛いという人がいると、“見せてごらん”と“治療”していました」

引用元:dailyshincho

これは凄いですよね…

著者はかなり疑い深いので、『絶対にウソ』だと思ってしまったのですが、前述した稲川会の組長の井の上孝彦さんも、このハンドパワーで治療したようなんです!

以下は、元暴力団員がポール牧さんが親父(井の上孝彦さん)を治療したというエピソードです。

出典:miima.jp

「ポールさんには不思議な力があって、人が痛めた箇所に手をかざすとたちまち治ってしまう。実際、親父がゴルフ場でぎっくり腰になって動けなくなった時も、同行していた彼の力で事なきを得たことがありました。

だから親父は、ポールさんの力で石井会長を助けようと考えたんでしょう。

現地に着いたポールさんが“治療”を施すと、立ち上がることすらできなかった石井会長が、自力で歩けるまでに回復したのです。」

引用元:dailyshincho

「修羅の自叙伝」という井の上孝彦さんが出版した本の中にもその内容が書かれているようです。

ということで、何らかの力がポール牧さんにはあると信じられていたようです。

それがセクハラ騒動に繋がるんだね…

ホステスに訴えられた時は、女性をホテルの一室に連れ込んで全裸にしてセクハラ(本人は当時ヒーリングと言っていましたが…)をしたために事件になってしまいました。

ポール牧さんは会見を開いて「私の股間、いやコケンに関わること」なんて冗談で済ませようとしたみたいですが、やはりそこは逃れられず…仕事を一気に失うことに(´・ω・)

「あの頃、ポールさんは芸人の仕事より僧侶としての講演の方が多かった。ギャラは1本30万円から50万円で、月に10本から20本近いオファーがあったんです。

ところがその多くは地方の教育委員会や学校でした。記事が出るとキャンセルが続出して、収入は激減。奥さんとも離婚してしまったのです」

引用元:dailyshincho

出典:nikkan-gendai

冗談で済むことと済まないことがありますが、今回のセクハラ問題は済まない問題だったということですね。

当時の年収が1億円という話もあったようです。

しかもこのセクハラ問題で離婚することになった嫁ですが、ポール牧さんにとって4度目の妻であり、彼が最も苦しい時に支えてくれた相手でした。

実は指パッチンで再ブレイクを果たす前に、東京新喜劇という舞台を運営するために私財を投じた結果失敗し、2,000万円以上の借金を背負ってしまいます。

出典:西条昇 – So-net

この当時も自殺未遂を起こすのですが、その時に一緒に支えてくれた人こそが嫁さんでした。

なんとかポール牧さんが再起できるように支えてくれた相手からもついに見放されてしまった彼の心境は、一体いかほどだったでしょうか。

離婚によって奥さんと子供に慰謝料や養育費を払わなければならない…でも仕事がなくてお金が稼げない…これはとても辛く苦しい状況だったと思います。

このころからポール牧さんは以下のような行動をするようになったと、古い知人が話していました。

「自宅マンションのベランダには段ボールが外向きに階段状に置いてあったと聞いています。

ポールさんは以前から、酔っ払うとそれを駆け上がって飛び降りるマネをしていたという。それが本当なら、自殺願望があったんでしょうね」

引用元:dailyshincho

「もう楽になりたい…」と思ってしまったのも無理がないかもしれません。

理由②金銭トラブルがあり借金地獄

出典:デイリー新潮

嫁さんと離婚&仕事の減少でかなりお金に困ってしまったポール牧さん。

さらにご自身を追い詰めるような出来事が起こってしまいます…

実は、知人に儲かる投資先として紹介した会社が詐欺会社であり、友人に600万円もの損失を負わせてしまったようです。

勿論その会社が詐欺会社だと知らなかったでしょうし、騙す気も全くなかったと思います。

しかし結果から見れば、『友人に詐欺会社を紹介して600万円の損をさせた』です。

出典:cocolog-nifty

かなりの心労だと思いますし、当然ご自身もその会社に投資をしていたと思われるので、明らかになってはいませんが、本人も大損したのだと思います。

税金を滞納していたという話もあったので、借金地獄だったことは間違いないです。

自殺直前はスポンサーもついていたようですが、部屋の中は酒瓶がたくさん転がっていたようです…

実はポール牧さんが投身自殺を図る半年ほど前に、現在の状態を心配した友人が合コンを開いていたようですが、その時も普段と違って終始イライラしていたとか…

「元気づけようと思って若い女性たちがいる席に呼んだのですが、イライラしていました。

指パッチンを何度もせがまれて披露はしていましたが、師匠は『僧侶』以外に『喜劇役者』という肩書を重んじているため、芸人として小バカにされるのが耐えられないんです。

最後は先に会計を済ませて出て行ってしまいました。かつて聞いた『喜劇の究極は悲劇なんだ』という言葉が忘れられません」

引用元:asagei

『喜劇の究極は悲劇』という言葉がとても重く感じてしまいます。

以上のことから、ポール牧さんの自殺の原因をまとめると

長年患っていたうつ病と金銭トラブル

ということになりますね。

本当に心からご冥福を祈りたいと思います。

ポール牧は実はビートたけしの恩人だった!

出典:オークファン

お笑い界のキングといえば、明石家さんま・タモリ・ビートたけしですよね。

その中でもビートたけしさんは、まだ売れていない頃にかなりポール牧さんにお世話になっていたようです。

今となっては信じられませんが、ポール牧さんがビートたけしさんに仕事の紹介をしたりご飯をご馳走していたという話まで残っています。

ビートたけしさんもその当時のエピソードを色々と語っており、

「ポールさんが昔、新宿で『竹馬』ってスナックやっててよ。そこで働いてるポールさんの弟子が夜中に、『師匠、今、赤いジャンパーの男に殴られました』って電話かけてきたんだよ。

それ聞いたポールさんが怒ってよ。『ふざけやがって。カタキとってやる!』って店に飛んでって、『どこにいんだ!? その赤いジャンパーのヤツは!!』って。

店中さんざん探し回って、『なんだ、どこにもいねーじゃねーか。野郎、逃げやがったな!』って言って最後にトイレのドア開けたら、2メーター近くはありそうな真っ赤なジャンパー着た大男が立ってたんだよ。

それ見たポールさん、『うん。ここにもいない!』って、そっとドア閉めたんだから」

引用元:asagei

出典:シェ~写真館 – たまりば

流石ビートたけしさん、しっかりと落ちがついていますね(笑)

ですが、弟子からの電話で一目散に店まで来てくれる熱い想いを持っていることが、このエピソードからも分かります。

このような話は結構あるのですが、その中でもビートたけしさんはポール牧さんのある言葉をずっと忘れないようにしているみたいです。

以下その言葉を全文引用いたします。

「お亡くなりになったポール牧さんという面白い方がいまして、この人のことは、半分尊敬している。本当に半分だけですよ。

その人は『コメディアンは転べなくなったら終わりだよ』って、素晴らしいことを言っていた。そう教えてもらったとき、ポール牧さんはいいお年をされていたけど、いつも、スッテン、スッテン転んでいましたからね。

牧さんは『コメディアンは、体を痛めつけても、笑いを取るもんだ』とも言われていて、凄いなと思いました。小さいにときは『笑われる男にはなるな』って、良く聞いた。

将来は学者になりたいと思っていたはずなのに…、学生運動のときに暇になって…、浅草のほうに行ったら…、いつのまにか、人から笑われる男になっていた。

引用元:livedoor

お笑い界ならず映画会のトップを走っているビートたけしさん…彼にここまで尊敬されるポール牧さんは、かなり偉大な人物だったんですね。

色々と事件があり、晩年はかなり寂しい人生を送るようになってしまいましたが、心からご冥福をお祈りしたいと思います。

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