犯人がわかっている日本の未解決事件まとめ!玉川和弥や刀根幸広の現在も調査

まとめ記事

犯人がほぼ特定されているのに、なぜか逮捕されない——そんな事件が日本には数多く存在します。時効の壁、証拠不十分、犯人の国外逃亡など理由はさまざまですが、被害者やご遺族にとっては到底納得できない結末ばかりです。

「犯人がわかっているのに未解決って、どういうこと?」と疑問に思う方も多いですよね。

ここでは、日本で実際に起きた犯人がわかっている未解決事件を事件の種類ごとに整理し、その後の動向や最新情報もあわせてお伝えしていきます。

犯人がわかっている日本の未解決事件【殺人事件】

まずは犯人が特定されているにもかかわらず、未解決のままとなっている殺人事件から見ていきましょう。人の命が奪われたのに犯人が裁かれていないという、やりきれない事件ばかりです。

  • 日本には犯人がわかっているのに未解決の事件が25件以上存在する
  • 主な原因は「時効の成立」「証拠不十分」「犯人の国外逃亡」の3つ
  • 2010年に殺人罪などの公訴時効は廃止されたが、それ以前の事件には適用されない
  • 王将社長射殺事件は2025年11月にようやく初公判、加古川小2女児殺人事件も2025年3月に起訴と近年動きがあった事件もある
  • 玉川和弥や刀根幸広など、重要参考人でありながら逮捕に至らなかった人物は現在も一般社会で生活している

足立区女性教師殺人事件

1978年8月、東京都足立区の小学校に勤めていた29歳の女性教諭・石川千佳子さんが突然失踪しました。警察による捜査が行われたものの女性は発見されず、事件は迷宮入りかと思われていました。

ところが事件から26年後の2004年8月、元警備員の和田信也が突然警察署に自首し、女性教諭を殺害したことを自供します。自首した理由は、遺体を埋めて隠していた自宅が土地区画整理の対象となり、発見されるのは時間の問題だと悟ったため。

すでに時効が成立しており、和田は罪に問われないと確信していたのでしょう。殺害の理由は、校内で女性と肩がぶつかったことがきっかけで口論になったという、あまりにも理不尽なものでした。

和田信也は定年退職するまでその小学校で働き続け、退職後は千葉県南房総市に引っ越して悠々自適な年金生活を送っているとのことです。

北関東連続幼女誘拐事件

1979年から1996年にかけて、栃木県と群馬県の県境付近で幼女が次々と誘拐・殺害される事件が発生しました。4件の女児誘拐殺人事件と、関連が疑われる1件の女児連れ去り事件をまとめて「北関東連続幼女誘拐事件」と呼びます。

被害にあったのは4歳から8歳までの女児で、主にパチンコ店で行方不明となり、遺体は河川敷に遺棄されていたという共通点がありました。

1991年に菅谷利和さんが逮捕されましたが、のちに冤罪であったことが明らかに。日本テレビの記者・清水潔さんの丹念な取材によって真犯人のDNAが特定されたにもかかわらず、逮捕には至らなかったという闇深い事件です。

足利事件

北関東連続幼女誘拐事件に含まれる事件の1つで、1990年5月12日、栃木県足利市のパチンコ店から当時4歳の女児が行方不明になりました。翌日、パチンコ店近くの渡良瀬川の河川敷で女児は遺体で発見されます。

菅家利和さんが犯人として逮捕されましたが、DNA再鑑定の結果、遺留物のDNA型が菅家さんのものとは一致しないことが判明。

菅家さんは冤罪被害者であったことが証明され、2010年に再審無罪となりました。真犯人は現在も見つかっていません。

横山ゆかりちゃん誘拐事件

こちらも北関東連続幼女誘拐事件の1つです。1996年7月7日、群馬県太田市のパチンコ店で当時4歳の横山ゆかりちゃんが連れ去られました

パチンコ店の防犯カメラには、ゆかりちゃんのそばに不審な人物が立っている様子が記録されていたとされています。しかしこの事件だけ被害者の遺体が発見されておらず、捜査は難航。

事件から30年近くが経過した現在も、ゆかりちゃんの行方はわからないままです。

城丸君事件

1984年1月10日、札幌市豊平区で当時9歳の城丸秀徳君が行方不明になりました。捜査の結果、工藤加寿子という女性が最後に城丸君に会った人物だと判明しますが、誘拐の証拠は見つからず捜査は行き詰まります。

その2年後、工藤加寿子の自宅が火事になり、夫が死亡。その焼け跡から、なんと城丸君の骨が発見されるという衝撃の展開に。

検察は工藤加寿子を殺人罪で起訴しましたが、殺害方法が特定できないことや殺意の立証が困難であるとして無罪判決が言い渡されました。さらに工藤加寿子は札幌地裁に1160万円の刑事補償を請求し、これが認められています。

犯人の可能性が限りなく高い人物が無罪となり、多額の補償金まで支給された——後味の悪さでは随一の事件ですね。

悪魔の詩訳者殺人事件

1991年7月11日、筑波大学助教授の五十嵐一さんが、同大学筑波キャンパス内のエレベーターホールで刺殺されました。

五十嵐さんはサルマン・ラシュディの小説『悪魔の詩』を日本語訳しており、当時のイランの最高指導者が同書に関わった者に死刑を宣告していたという背景があります。

犯人はイスラム教徒であったバングラデシュ人留学生とされていますが、この人物は事件直後に帰国。イスラム諸国との外交関係への配慮から、日本政府はその後の捜査を事実上打ち切ったと言われています。

八王子スーパーナンペイ殺人事件

1995年7月30日、東京都八王子市の「ナンペイ大和田店」で拳銃を使用した強盗殺人事件が発生し、女性従業員とアルバイトら3人が銃殺されました。

2009年、中国で死刑が確定していた日本人死刑囚・武田輝夫が「自分と中国人の何亮が事件に関与している」と証言しましたが、証拠不十分のため解決には至っていません

事件発生から20年後には、被害者たちの手を縛っていた粘着テープから指紋が検出され、その人物も特定されていたのですが、すでに10年ほど前に病死していたことが明らかになっています。

世田谷一家殺人事件

2000年12月末、東京都世田谷区上祖師谷で宮沢みきおさん一家4人が殺害されるという事件が発生しました。現場には犯人のものと思われる指紋や血痕が残されており、DNA捜査の結果、犯人は「アジア系を含む日本国外の人物」か「ハーフの日本人」である可能性が高いとされています。

容疑者として元韓国軍人の男と元宗教団体幹部の男が浮上しましたが、外国人への捜査の難しさもあり、十分な証拠が揃いませんでした。

2025年にはDNA解析技術の進展により、犯人の推定年齢が従来想定されていた15〜20代ではなく30代だったという新たな分析結果が報じられています。事件から25年が経過してもなお、警視庁は情報提供を呼びかけ、最新の科学捜査技術を用いた捜査を継続中です。

加古川小2女児殺人事件

2007年10月16日、兵庫県加古川市で小学2年生の鵜瀬柚希ちゃんが自宅の玄関前で何者かに刺されるという事件が発生。柚希ちゃんは「大人の人、男……」という言葉を残して亡くなりました。

長らく未解決だったこの事件ですが、発生から17年後の2024年に事態は急展開を迎えます。別の事件(津山小3女児殺害事件)で服役中だった勝田州彦が本件への関与を認め、逮捕されました。

そして2025年3月、神戸地検は勝田州彦を殺人罪で起訴。勝田被告は過去にも同様の女児襲撃事件で逮捕歴を持つ人物でした。あまりにも長い年月がかかりましたが、ようやく法廷で真実が審理されることになります。

島根女子大生死体遺棄事件

2009年11月6日、広島県と島根県の県境に近い臥龍山山頂付近で女性の頭部が発見されました。DNA鑑定の結果、10月末から行方不明になっていた19歳の女子大生・平岡都さんのものであることが判明。

その後、両手足のない胴体、左足首、爪が相次いで発見されるという凄惨な状況でした。事件の残忍性から捜査特別報奨金制度の対象にもなっています。

事件から7年後、島根県益田市の会社員・矢野富栄が犯人であることを警察は突き止めます。しかし矢野富栄は事件発覚の2日後に山口県内の中国自動車道で事故を起こし、すでに死亡していたのです。なぜ矢野が平岡さんを殺害したのか、動機は謎に包まれたままとなっています。

王将社長射殺事件

2013年12月19日、「餃子の王将」を展開する王将フードサービスの社長・大東隆行さんが本社前で射殺されるという事件が起きました。

現場に残されたたばこの吸い殻のDNA型から、犯人は工藤會系組幹部・田中幸雄であると特定されました。長らく膠着状態が続きましたが、事件から9年後の2022年に逮捕されています。

そして2025年11月26日、ついに京都地裁で初公判が開かれました。田中被告は「私は決して犯人ではない」と無罪を主張し、検察側との全面対決の構図になっています。自白や目撃証言はなく間接証拠のみでの立証となるため、裁判の行方が注目されます。

公判は計12回の予定で、2026年6月29日に結審、同年10月16日に判決が言い渡される見通しです。

伊勢湾沿岸バラバラ殺人事件

1970年4月23日、愛知県知多郡美浜町の若松海岸で女性の左足とみられるものが発見されました。同年5月4日にはもう片方の足も見つかりましたが、発見されたのはそれだけ。被害者の身元もわからないまま、事件は時効を迎えます。

時効成立から7年後の1992年3月、名古屋市北区のマンションで「異臭のする衣装ケースに人間の死体らしきものが入っている」という通報がありました。中にはミイラ化した女性の上半身が入っていたのです。

通報したのは家主の妻で、家主である男性が21年前に女性を殺害し、遺体を切断して海岸に遺棄したことを認めました。しかし時効成立済みのため男性は起訴されず、名前すら報道されていません。

習志野市茜浜女性殺害事件

2013年6月24日、千葉県の遊歩道脇の緑地帯で47歳の女性・広畠かをりさんの遺体が発見されました。

被害者に付着していたDNAから、中国籍の男・楊暁春が犯人であると特定されます。しかし証拠不十分で不起訴となり、在留資格消失のため中国に強制退去となりました。

日本と中国の間には犯罪人引渡し条約が結ばれていないため、楊暁春を再び日本の司法の場に引き出すことは極めて困難です。

愛知豊明母子4人殺人放火事件

2004年9月9日、愛知県豊明市で母親と子供3人が殺害され、さらに家が放火されるという残忍な事件が起きました。

事件当時残業で不在だった家主の加藤博人は、事件から半年後に勤め先の会社から1000万円を騙し取った容疑で逮捕され、詐欺でも再逮捕されています。加藤はホステスと不倫し、妻の利代さんに離婚を迫っていたことから、殺害の動機は十分とみられました。

しかし加藤は殺人については一貫して否認し、結局証拠不十分で不起訴に。我が子まで手にかけたのか——あまりの残酷さに言葉を失います。

静岡銀行鷹岡支店行員殺人事件

1978年7月25日、静岡銀行鷹岡支店に勤める28歳の男性・鈴木和志さんが営業に出かけたまま行方不明になりました。11日後の8月5日、鈴木さんは首に千枚通しを刺された状態で発見されます。

犯人は見つからず、1993年8月に時効成立。ところが事件から20年後の1998年、「自分が犯人だ」と名乗る男が雑誌記者に付き添われて警察に出頭します。

男は自分を含めた男2人、女2人の計4人で犯行に及んだと告白。共犯のもう1人の男も罪を認めましたが、男はテレビ朝日系のドキュメンタリー番組にまで出演し、犯行内容を語っているのです。時効が成立しているから罰せられないとわかった上での告白——反省があるようには見えませんよね。

生坂ダム殺人事件

1980年3月29日、長野県東筑摩郡生坂村にある生坂ダムで当時21歳の会社員・小山福来さんの遺体が発見されました。

両手足をビニール紐で縛られた状態であったにもかかわらず、警察は小山さんの死を自殺と断定します。その後、2000年に覚醒剤取締法違反で服役中だった太田健一という男が「小山さんを縛って生きたままダムに投げ込んだ」と証言しました。

この証言で捜査が再開されたものの、20年も前の事件で資料の多くが廃棄されており、殺人罪の時効も成立していたため太田を起訴できずに終わっています。長野県警は捜査ミスを認めて遺族に謝罪しましたが、取り返しのつかない結末です。

犯人がわかっている未解決事件【強盗・窃盗事件】

ここからは、犯人がわかっているのに未解決となっている強盗・窃盗事件です。日本の犯罪史に残るあの超有名事件が登場します。

3億円事件

1968年12月10日、東京芝浦電気(現在の東芝)の工場従業員のボーナス約3億円を積んだ現金輸送車が、白バイ隊員の格好をした男に止められました

男は「輸送車にダイナマイトが仕掛けられているという連絡があった」と銀行員たちに告げ、車を調べ始めます。すると輸送車の下から煙が上がり出し、男は銀行員たちに避難を指示。その隙に輸送車に乗り込み、約3億円を奪って走り去ったのです。

犯行現場に残された遺留品は124点にのぼり、モンタージュ写真も公開されたため、捜査本部は早期解決を楽観視していました。しかし有力な手がかりは得られず、1975年に時効が成立します。

実は当時、ある19歳の少年が容疑者として浮上していました。少年は警視庁幹部の息子であったため、疑惑は大っぴらにされませんでした。そしてその少年は事件からわずか5日後、青酸カリによって不可解な死を遂げています。

タイミングが合いすぎていることから、3億円事件の犯人はこの青年であると考えられています。2018年には、亡くなった青年と一緒に犯行に及んだと主張する人物も現れ、世間を騒がせました。

犯人がわかっている未解決事件【失踪・行方不明事件】

ここからは、犯人がわかっているのに未解決となっている失踪・行方不明事件です。被害者が生きているのか亡くなっているのかすらわからないケースも多く、ご家族にとっては区切りをつけることすらできない、胸が痛む事件ばかりです。

三重明和町女子高生行方不明事件(刀根幸広)

1997年6月13日、三重県多気郡明和町で高校3年生の北山結子さんがアルバイト後に友人宅へ向かう途中で行方不明になりました。

事件名 三重明和町女子高生行方不明事件
発生日 1997年6月13日
被害者 北山結子さん(当時17歳・高校3年生)
重要参考人 刀根幸広(当時46歳・露天商)
発生場所 三重県多気郡明和町
現在の状況 未解決(北山さんは現在も行方不明)

6月16日以降、北山結子さんのポケベルにメッセージを送り続けた友人の家に何度も電話がかかってくるようになり、警察の逆探知で当時46歳の刀根幸広が逮捕されます。

刀根幸広は被害者のポケベルや辞書を所持しており、彼以外の犯人は考えにくい状況でした。しかし刀根は容疑を否認し、その後黙秘を続けます。

被害者の遺体が見つからないまま、逮捕から勾留期限の20日間で起訴に足る証拠を集めることができず、刀根幸広は釈放されてしまいました。

刀根幸広の現在

釈放後、刀根幸広に対して正式な刑事裁判が開かれた事実はありません。現在は松阪市から転居したとも言われており、公的な情報としてその所在は不明です。

警察は現在も情報提供を呼びかけていますが、北山結子さんの行方は依然としてわかっていません。

福島県田村郡小2女児失踪事件(玉川和弥)

1991年7月24日、福島県田村郡船引町で当時7歳の石井舞ちゃんが就寝中に忽然と姿を消すという事件が起きました。

事件名 福島県田村郡小2女児失踪事件
発生日 1991年7月24日
被害者 石井舞ちゃん(当時7歳・小学2年生)
重要参考人 玉川和弥(当時22歳・建設会社従業員)
発生場所 福島県田村郡船引町(現・田村市)
時効 2006年7月24日に成立

奇妙なのは、舞ちゃんが行方不明になったのは出先ではなく自宅の中、しかも友人2人と一緒に寝ていたのに朝になると舞ちゃんだけがいなかったという点です。

この事件でネット上で重要参考人として名前が挙がるのが、当時の従業員・玉川和弥さんです。玉川さんは石井賢一さんの姪の恋人として同家に宿泊していました。

疑惑の目を向けられた理由は、恋人に「今探している場所に舞ちゃんはいない」と漏らしたり、テレビ番組の取材で「時が来たらお話します」と意味深な発言をしたりした点にあります。

玉川和弥の現在

玉川和弥さんは連日の取り調べを受けましたが、決定的な証拠は見つからず逮捕には至りませんでした。その後石井家の建設会社を退職し、実家に戻って生活しているとされています。

2006年7月24日に公訴時効が成立しており、法的に彼が犯人であると認定された事実はありません。「時が来れば話す」と語った真意も明かされぬまま、真相は闇の中に沈んでいます。

江戸川区女性監禁行方不明事件

2008年4月5日、東京都に住む19歳の石田佳奈子さんが、出会い系サイトで知り合った男に覚醒剤を打たれ車で連れ回された後、行方不明になりました。

石田さんは翌6日に家族や警察、友人に助けを求める電話をかけています。捜査の結果、当時26歳の塩野直樹が逮捕されましたが、覚醒剤の使用は認めたものの監禁や殺害については否認。

警察が塩野の山林を調べたところ石田さんのものと思われる靴やバッグが発見されましたが、遺体そのものは見つかりませんでした。殺人を立証できず、塩野は覚醒剤取り締まり違反で2年程度の服役のみという結末です。

室蘭女子高生失踪事件

2001年3月6日、北海道室蘭市に住む高校1年生の千田麻未さんが行方不明になりました。失踪前、千田さんはバイト先のパン屋に「午後1時過ぎに行く」と電話をして家を出ています

犯人として疑われたのは、パン屋のオーナーでした。周囲からは「千田さんに好意を抱いている」「高校生をじっと見ていた」という証言が出ていたようです。

しかしオーナーが逮捕されることはなく、事件の影響でパン屋の経営は傾き、千田さんの失踪から1年後に自己破産に至ったとされています。

伊勢崎市女性記者行方不明事件

1998年11月24日、三重県伊勢市の出版社に勤める編集者兼記者の辻出紀子さんが行方不明になりました。辻出さんは退社後に知り合いの男性から電話で呼び出され、保険会社の駐車場へ向かっています

この男性は過去に監禁や強姦などの問題行動を起こしていた人物でした。辻出家に対し「無罪が確定すれば全てを話す」という意味ありげな言葉を投げかけるなど、明らかに事件との関連をうかがわせます。

しかし彼が辻出さんの失踪に関わったという決定的な証拠は見つからず、事件は未解決のままです。

犯人がわかっている未解決事件【その他】

ここからは、殺人・強盗・行方不明以外の事件を見ていきましょう。奇跡的に死亡者が出なかった狙撃事件や、冤罪で人の命が奪われた事件などが含まれます。

警察庁長官狙撃事件

1995年3月30日、國松孝次警察庁長官が自宅マンションを出たところ、待ち伏せしていた男に拳銃で撃たれ重傷を負いました

事件直後、テレビ朝日に「オウム真理教への捜査をやめろ」という脅迫電話がかけられたことから、犯人はオウム関係者と考えられました。疑わしい人物が複数逮捕されましたが、ことごとく証拠不十分で不起訴に。

その後真犯人として浮上したのが、教団とは無関係の中村泰という人物です。別の事件で逮捕されていた中村泰は自ら狙撃事件の犯人だと自白しましたが、やはり証拠が揃わず不起訴となりました。

そして2024年5月、中村泰は服役中の刑務所で病死。彼が秘密を墓場まで持っていったことで、事件の真相は永遠に闇の中へ葬り去られてしまいました。

四日市ジャスコ誤認逮捕死亡事件

2004年2月17日、ジャスコ四日市尾平ショッピングセンター内のATMコーナーで、68歳の男性が女性の財布を盗んだとして店員や買い物客らに取り押さえられました

男性は警察に引き渡された後、ストレスによる高血圧性心不全と不整脈で死亡します。三重県警は被疑者死亡のまま男性を書類送検しましたが、その後恐ろしい事実が判明しました。

実は男性は無実で、「財布を取られた」と証言して行方をくらませた女性のほうが真犯人だったのです。冤罪であったと明かされたのは時効を迎えた後のことでした。

あいりん労働福祉センター前路上女性看護師殺人未遂事件

1995年1月25日、大阪のあいりん労働福祉センター前で、当時49歳の看護師・林裕子さんが男に刃物で刺されて重傷を負いました。

捜査は難航し、時効成立の直前になってようやく現場にあった花束から検出された指紋と、過去に逮捕歴のある男の指紋が一致することが判明します。

大阪府警がこの男を探していたのですが、発見したときにはすでに時効が成立していました。男は「林さんを刺した」と認めていますが、もはや罪に問われることはありません。

なぜ犯人がわかっているのに未解決なのか

ここまで見てきたように、犯人がわかっているのに事件が解決しない理由はいくつかのパターンに分かれます。

最も多いのが時効の壁です。かつて日本の刑法では殺人罪にも公訴時効が設けられており、一定期間逃げ切れば犯人の勝ちという制度でした。2010年の法改正で殺人罪の時効は廃止されましたが、それ以前に時効が成立した事件には遡って適用されません。

次に多いのが証拠不十分のケース。遺体が見つからない、物的証拠が足りないなど、「限りなくクロに近い人物」がいても起訴に踏み切れない事件が少なくありません。

犯人が外国人で母国に逃亡してしまい、犯罪人引渡し条約がないために手が出せないというパターンもあります。悪魔の詩訳者殺人事件や習志野市の事件がこれに該当します。

これらの事件の反省を活かし、法整備や国際協力が進むことで、理不尽に逃げ得となる事件が少しでも減ることを願うばかりです。

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