「3年B組金八先生」は1979年〜2011年の32年間にわたって放送された伝説の学園ドラマです。シリーズ全体で240名もの役者さんが生徒役として出演し、上戸彩さんや浅野忠信さん、濱田岳さんをはじめ数多くの有名俳優を輩出してきました。
第7シリーズで丸山しゅう(八乙女光さん)が覚醒剤に手を出すシーンの衝撃を覚えている方も多いのではないでしょうか。
武田鉄矢さんが32年間にわたって金八先生という人生を歩んだこのドラマですが、生徒役を演じた俳優さんのうち3名が若くして亡くなっています。一体何があったのか、それぞれの経緯を振り返っていきます。
金八先生の生徒のうち3名が死亡
- 金八先生の出演者で亡くなったのは、沖田浩之さん・金杉太朗さん・古尾谷雅人さんの3名
- 沖田浩之さんは借金苦により1999年に36歳で自殺
- 金杉太朗さんは2008年に駅ホームからの転落事故で33歳で死去
- 古尾谷雅人さんは借金・うつなど複合的な要因で2003年に45歳で自殺
- 第7シリーズのしゅう役・八乙女光さんは健在(役柄との混同による誤解)
金八先生に出演した俳優の方を調べると、残念ながら3名が若くして命を落としています。それぞれどのような経緯だったのか、詳しく見ていきましょう。
沖田浩之さん(松浦悟役)― 36歳で自殺
| 名前 | 沖田浩之(おきた ひろゆき) |
|---|---|
| 本名 | 置鮎広之 |
| 生年月日 | 1963年1月7日 |
| 没年月日 | 1999年3月27日(享年36歳) |
| 出身地 | 神奈川県川崎市 |
| 出演シリーズ | 第2シリーズ(松浦悟役) |
| 代表作 | 3年B組金八先生、私をスキーに連れてって、サラリーマン金太郎 |
沖田浩之さんは金八先生の第2シリーズに出演しています。第2シリーズといえば「腐ったミカンの方程式」で知られる名シリーズですよね。
沖田さんはツッパリ生徒・松浦悟役で、転校してきた加藤優と初日から取っ組み合いになるなど、不良役として大きな人気を集めた俳優さんでした。
もともと1980年代に社会現象となった「竹の子族」(派手なファッションで踊る若者たちの総称)の中で注目を浴び、芸能プロダクションにスカウトされて芸能界入り。金八先生のオーディションに合格し、一躍人気者になります。
1981年には歌手デビューも果たし、「E気持」はオリコン8位・実売40万枚を記録。俳優としても歌手としても順風満帆なスタートでした。
ところが、沖田さんは大手プロダクションを退社し、俳優業に専念するため個人事務所「ヒロ企画」を設立します。当時の芸能界には「独立したら干される」という風習があり、思うように仕事が来ない日々が続いたそうです。
後に、津川雅彦さんが代表を務めるグランパパプロダクションに所属し、「サラリーマン金太郎」などに出演。俳優として再び歩み始めた矢先のことでした。
プライベートでは千代子さんと結婚し、2人のお子さんにも恵まれています。飲み会に誘われても子育てを理由に断るほどの子煩悩だったそうです。
しかし1999年3月27日、沖田さんは自宅で首を吊って亡くなりました。36歳という若さです。遺書は見つかっていません。
自殺の背景として多額の借金があったと報じられています。沖田さんの父親は神奈川県で不動産業を営んでいましたが、バブル崩壊後に経営が悪化。親族が事業拡大に失敗し、連帯保証人だった沖田さんに負債がのしかかる形になりました。ヤミ金業者が仕事現場にまで押しかけてくる状況だったとも言われています。
さらに、沖田さんの父親も1996年に自ら命を絶っており、家系的にも複数の身内が自殺していると報じられています。借金の重圧に加え、身近な人の死が積み重なった影響も否定できません。「死にたい」と思うほど気持ちが追い詰められたとき、身近にそうした前例があることで、より自殺を選びやすくなってしまったのかもしれませんね。
沖田さんの葬儀には多くの芸能人が参列しました。奥田瑛二さんは白紙の弔辞を広げながら、スラスラと沖田さんとの思い出を語り、周囲を驚かせたエピソードが有名です。
事務所社長だった津川雅彦さん(2018年没)は自殺する前日に一緒にお酒を飲んでいたこともあり、「役者として悩む彼に厳しいことを言ってしまった」と深く悔やんでいたそうです。
武田鉄矢さんも夜になって駆けつけ、「バカヤロー!先に逝くやつがいるか」と教え子を叱責。涙をこらえながら「悔しい、切ない。カッコ付けすぎだ。もっとぶざまに生きてもよかったのに」と声を詰まらせていました。
金八先生の名セリフ「死ぬということを人生の答えにしてはいけません」。この言葉を、沖田さんにも思い出してほしかったですね。
金杉太朗さん(畔柳吉人役)― 33歳で転落死
| 名前 | 金杉太朗(かなすぎ たろう) |
|---|---|
| 没年月日 | 2008年8月(享年33歳) |
| 出演シリーズ | 第3シリーズ(畔柳吉人役) |
| 代表作 | 3年B組金八先生、天までとどけ(三男・丸山公平役) |
金杉太朗さんは金八先生の第3シリーズに出演しています。第3シリーズは他シリーズと比べて全12話と短く、舞台となった中学校も桜中学ではなく松ヶ崎中学と、異例ずくめのシリーズでした。
テーマも第1・第2シリーズとは異なり、無気力な中学生に焦点を当てた作品で、金杉さんは母親からのプレッシャーに精神的に追い詰められる役を演じています。
金杉さんは劇団日本児童に所属しながら子役として活躍。金八先生以上に、大人気昼ドラ「天までとどけ」の三男・丸山公平役のイメージが強い方も多いかもしれません。夏休みに昼ドラを観るのが日課だった方には懐かしい存在ですよね。
金杉さんは2008年、33歳という若さでこの世を去りました。死因は脳挫傷です。
2008年3月、金杉さんは東京メトロ有楽町線・池袋駅のホームで泥酔状態のまま歩いていた際に線路へ転落してしまいます。ちょうど仕事のことで悩んでいた時期だったとも言われており、深酒をしてしまったのかもしれません。2008年当時はまだホームドアも普及しておらず、不運が重なった形です。
緊急手術は成功したものの、約5ヶ月間意識が戻ることはなく、最期は奥さんと親族に看取られて帰らぬ人となりました。葬儀では奥さんの号泣が会場中に響いていたそうです。突然最愛の人を失うなんて、胸が張り裂けそうですよね。
葬儀には多数の芸能人が参列し、「天までとどけ」で両親役だった綿引勝彦さんと岡江久美子さんも駆けつけています(綿引さんは2020年12月に、岡江さんは2020年4月にそれぞれ亡くなられています)。
プライベートでも親交の深かった河相我聞さんと須藤公一さんが中心となり、「天までとどけ」の”きょうだい”たちと連絡を取り合いました。金杉さんの事故をきっかけにドラマの家族が久々に再集結することになったそうです。
金杉さんが旅立ってからは、「公平の分まで精一杯生きる」というルールを決めて毎年全員で集まるようになったといいます。精一杯生きるって良い言葉ですよね。当たり前に過ぎていく毎日ですが、悔いのないように生きたいものです。
古尾谷雅人さん(岸森敏夫役)― 45歳で自殺
| 名前 | 古尾谷雅人(ふるおや まさと) |
|---|---|
| 生年月日 | 1957年5月14日 |
| 没年月日 | 2003年3月25日(享年45歳) |
| 出身地 | 神奈川県川崎市 |
| 出演シリーズ | 第1シリーズ(浅岡達也役)、第2シリーズ(スナックZマスター・岸森敏夫役) |
| 配偶者 | 鹿沼絵里(女優) |
古尾谷雅人さんは金八先生の第1シリーズに桜中学の卒業生・浅岡達也役で出演。第2シリーズではスナックZのマスター・岸森敏夫として登場しています。
古尾谷さんは女優の鹿沼絵里さんと1982年に結婚し、息子さんと娘さんの2人のお子さんに恵まれました。
2003年3月25日、古尾谷さんは自宅で首を吊って亡くなりました。45歳でした。外出先から帰宅した鹿沼さんが寝室で変わり果てた姿の古尾谷さんを発見。遺書は残されていませんでした。
公私ともに順調に見えていたため周囲は大変驚いたそうですが、後に鹿沼さんの告白によって自殺に至った背景が明かされています。大きく3つの要因がありました。
1つ目は借金です。1980年代後半〜90年代はアイドル主演のドラマやトレンディドラマの全盛期。しかし昔気質だった古尾谷さんは硬派でシリアスな役柄にこだわり、バラエティー番組にも一切出演しなかったそうです。キャリアを積むにつれギャラも上がり、制作側が起用を敬遠するように。仕事は激減していきます。
バブル期に購入したマンションのローンも重なり、最終的な負債額は3億円にまで膨らんでいたと言われています。住民税も払えない状態だったそうです。
2つ目はDVと、そこから生じた自責の念によるうつです。仕事が減った焦燥感から昼夜逆転の生活に陥り、酒量も増加。鹿沼さんへの暴力はエスカレートし、肋骨を骨折させるほどの暴行もあったと報じられています。それでも鹿沼さんはひたすら耐え続け、警察に通報することもなかったそうです。
しかし次第に自責の念が膨らみ、うつ状態となって「自分は必要ない人間じゃないか」「僕が死んだら、僕の偉大さがわかるよ」と死をほのめかす発言を繰り返すようになりました。
3つ目は継母との確執です。古尾谷さんは幼少期に父親や継母から虐待を受けて育っています。継母は子供の服を年に1着しか買わず、食事もろくに作らないような人だったそうで、古尾谷さんは「母親に二度捨てられた」と思い込んでいたといいます。
父親の死後、遺言によりほとんどの財産を継母が相続し、遺産を巡って裁判沙汰にまで発展していました。
借金、精神的な苦しみ、家族の問題――あらゆることが重なった末の悲劇でした。鹿沼さんの気持ちを思うと、本当にやりきれないですよね。なお、古尾谷さんの息子さんは後に「2代目・古尾谷雅人」として俳優活動を再開しています。
しゅう役の八乙女光さんは亡くなっていない
しゅう役の八乙女光さんについて「亡くなったのでは?」と心配する声もありますが、第7シリーズで丸山しゅう役を演じた八乙女光さんは亡くなっていません。
ドラマの中でしゅうが覚醒剤に手を出し、衝撃的な結末を迎えたことが強烈に印象に残り、役柄と現実の俳優を混同した「死亡説」がネット上に広まったようです。あくまでフィクションの中の出来事であり、八乙女光さんは現在も芸能活動を続けています。
まとめ
「3年B組金八先生ファイナル」では金八先生が定年退職を迎え、歴代の生徒たちが集結しました。
武田鉄矢さんは「目指していたゴールにたどり着けて幸せ」と話す一方で、社会からドロップアウトした生徒や、亡くなった生徒のことも忘れられないと語っています。
「時々、あいつのことを思い出します。ずっとこらえてたんだよね。バカだよね…切ないね」
32年という途方もない歳月を金八先生として過ごした武田鉄矢さんにとって、ドラマの中で出会った教え子たちは一生忘れられない存在なんでしょうね。
沖田浩之さん、金杉太朗さん、古尾谷雅人さん――3名の方々のご冥福をお祈りいたします。



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