志村けんさんが2020年3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなったことは、多くの方が覚えている事実です。国内でコロナにより亡くなった著名人第1号という衝撃もあり、あまりに突然のお別れでした。
にもかかわらず、亡くなって6年近く経った今も「志村けん 死んでない」「生きてる」という検索が続いています。なぜこうした声が生まれるのか、目撃情報の真偽とあわせて気になりますよね。
志村けんが生きてるとの声のほとんどは精神的な意見
- 志村けんさんは2020年3月29日にコロナ肺炎で亡くなっており、生存説は事実ではない
- SNSの「目撃情報」は生前の週刊誌記事の画像が流用されたデマだった
- コロナ禍の感染対策で遺族すら面会・火葬の立ち会いができなかったことが憶測の原因
- 政治利用説・海外逃亡説もいずれも根拠のない陰謀論
| 名前 | 志村けん(しむら けん) |
|---|---|
| 本名 | 志村康徳(しむら やすのり) |
| 生年月日 | 1950年2月20日 |
| 没年月日 | 2020年3月29日(享年70歳) |
| 出身地 | 東京都東村山市 |
| 職業 | コメディアン、タレント |
| 所属 | イザワオフィス(生前) |
| 代表作 | 8時だョ!全員集合、バカ殿様、志村けんのだいじょうぶだぁ |
SNSで志村けんさんについて検索すると、「生きてる気がする」「まだ信じられない」といった投稿が今も見つかります。もちろん亡くなっている事実を分かった上での発言です。
テレビや動画サイトでは生前の姿を目にする機会が今も多く、亡くなったという実感がわかないという声は多いですよね。「自分たちの心の中に生きている」「記憶の中で生きている」という表現も、ファンの間ではよく聞くフレーズです。
こうした投稿のほとんどは、突然の別れを消化しきれていないという気持ちの表れでしょう。急死に近い亡くなり方だったので、その思いを抱く人が多いのも頷けます。
「8時だョ!全員集合」「バカ殿様」「志村けんのだいじょうぶだぁ」など、幅広い世代が子供の頃から親しんできた番組ばかりです。志村けんさんのお笑いに触れたことがない世代はほぼいないと言っても過言ではないでしょう。
亡くなって6年近くが経った今も惜しむ声が絶えない志村けんさん。ですが一部では、SNSの目撃情報などを根拠に本当に生きているのではという主張もあるようです。
目撃情報を元に生きてるとする投稿がSNSに多数存在
志村けんさんが亡くなっておよそ5カ月後の2020年8月頃、SNSに「志村けんを見かけた」という画像付きの目撃情報が投稿されました。大元の投稿は現在すでに削除されていますが、当時かなり拡散されたようです。
この投稿を引用して「志村けんは生きている」と主張する個人ブログも複数存在しています。2020年12月27日や2022年4月6日に投稿されたものが確認されており、SNSの画像をそのまま引用した内容でした。
さまざまな考え方があるのは否定しませんが、この目撃情報は完全なデマです。使われた画像の出どころがはっきり特定されています。
目撃情報の画像は生前の週刊誌記事のものだった
「目撃情報」として出回った画像は、志村けんさんが亡くなる前の2020年3月3日付で「女性自身」が報じた記事の写真でした。
この記事は、志村けんさんが胃のポリープ切除のために入院したことを伝える内容です。がんを疑う声もありましたが、実際にはポリープの手術でした。
記事に掲載された複数の写真のうちの1枚が、死後に「目撃情報」としてSNSに流用されたのです。「女性自身」の記事内では、この写真の撮影日が2020年2月28日と明記されています。
つまり亡くなる約1カ月前に撮られた、生前の画像だったわけです。
目撃情報の投稿と「女性自身」の写真を見比べると、服装が完全に一致しています。当時のSNSにはこの矛盾を指摘する反論もしっかり投稿されていました。
現在、元の目撃情報の投稿が残っていないのは、こうした反論がきっかけとみられます。ただしブログなどに引用されて残っているため、今も鵜呑みにしている人が少なからずいるようです。
ちなみにポリープ切除手術は亡くなる1カ月弱前のこと。この手術で免疫力が低下し、コロナの重症化につながった可能性も指摘されています。
志村けんが亡くなった時の状況から生存説を唱える声も
SNSの目撃情報以外にも、志村けんさんが亡くなった際の経緯をもとに生存説を唱える声があります。コロナ禍ならではの厳格な感染対策が、いくつかの陰謀論を生む背景になりました。
家族も面会できなかったコロナ禍の対応
志村けんさんの経過を振り返ると、3月17日に発症し、3月23日に陽性が判明しました。世間に公表されたのは所属事務所が発表した3月25日です。
発症からわずか2週間で亡くなるという急激な経過でした。当時はコロナ禍の初期段階で、ウイルスの恐ろしさへの理解も十分ではありませんでした。
志村けんさんは独身だったため、遺骨は兄弟が引き取っています。入院中はもちろん、亡くなった後も遺族はお顔を見ることができませんでした。
コロナで亡くなった方の遺体は感染リスクがあるため、非透過性納体袋に収容・密封してそのまま火葬するという決まりがありました。
3月29日に亡くなり、火葬された31日になってやっと棺に入った状態で対面できたものの、棺の蓋は閉じられたままです。お顔を見ることも遺品を入れることもできませんでした。
遺族は火葬の場にも同席できず、遺骨の状態になって初めて家族が触れることができたと報じられています。
こうした状況から「亡くなったのが本当に志村けんさんなのか」と疑う声が一部で出ました。確かに遺族すら面会できなかった事実はありますが、それだけで別人とするのは無理があります。
火葬場の職員がしっかりとご遺体を確認しており、取り扱いに間違いがあれば火葬場の面目に関わる問題です。
さらに重要なのは、遺族が入院中にタブレットで志村けんさんの姿を確認している点です。入院していた人物が志村けんさんであることは間違いありません。
なお、志村けんさんの訃報から約1カ月後に同じくコロナ肺炎で亡くなった岡江久美子さんの場合も、遺族は火葬に立ち会えず自宅で遺骨を受け取っています。
夫の大和田獏さんは感染対策の上で最後の対面を果たせましたが、娘の大和田美帆さんは一切会えなかったそうです。志村けんさんへの対応も特別なものではなく、コロナ禍での標準的なルールに沿ったものでした。
コロナ感染を政治的に利用された疑惑
志村けんさんの訃報に際して、当時の東京都知事・小池百合子さんが「最後の功績」と発言したことも波紋を呼びました。志村けんさんほどの知名度がある人物がコロナであっという間に亡くなったことが、世間に恐ろしさを伝えてくれたという趣旨です。
言いたかったことは伝わっていたものの、「最後の功績」という表現が不適切だとして批判の声が上がりました。
志村けんさんの死後に緊急事態宣言が発令されたこともあり、一部では「志村けんさんの死が政治利用された」という主張も出ています。さらに飛躍した意見では「政治利用のために殺された」とまで言う人もいるようです。
結果的に政治利用されたと感じる気持ちは分かりますが、殺害されたとする説にはまったく根拠がありません。志村けんさんの訃報がコロナへの危機意識を高めたのは事実ですが、あくまで結果論でしょう。
東スポが報じた女性消息不明と海外逃亡説
東スポが報じた記事をきっかけに広まった説もあります。志村けんさんが生前、夜の繁華街で親しくしていた女性たちが次々と消息不明になっているという内容です。
志村けんさんのコロナ感染源は特定されておらず、繁華街のお店で感染したとする説もありました。東スポの記事では消息不明の原因として様々な可能性を挙げていましたが、足取りまでは追っていません。
一部のネット上では「志村けんさんと一緒に海外に高飛びして暮らしている」という説まで飛び出しています。しかし当時はコロナ禍の真っ只中で、バカンス目的の海外渡航はまず不可能でした。
女性たちが連絡を取れなくなった理由は、コロナ禍による休業や廃業の可能性が高いでしょう。志村けんさんが海外に移住したという説には根拠がまったくありません。
まとめ
志村けんさんは2020年3月29日にコロナ肺炎で亡くなっており、生きてる説・生存説はすべて事実ではありません。
SNSの目撃情報は生前の週刊誌画像が流用されたデマであり、家族が面会できなかった点もコロナ禍の標準対応に過ぎませんでした。政治利用説や海外逃亡説も、断片的な情報を想像でつなぎ合わせたものでしかないでしょう。
他にも、入院していた病院でコロナ治療薬の開発に関わる医師がいたことから「治験対象にされたのでは」という噂もネット上には存在します。しかし関係性を裏付ける証拠や証言は一切なく、あくまで根拠のない憶測です。
亡くなって6年近くが経っても、これだけ多くの人が惜しみ続けるのは、志村けんさんが残した笑いの大きさの証ですよね。受け入れがたい気持ちは理解できますが、亡くなったのは紛れもない事実です。
生前の作品を楽しみながら、志村けんさんの功績を語り継いでいきたいですね。



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