キムラ緑子に子供はいる?本人が語った思いと旦那マキノノゾミとの再婚

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『VIVANT』の別班の司令官に、『ごちそうさん』のいけずな小姑。一度見たら忘れられない存在感で、作品をさらっていくキムラ緑子さん。

お母さん役があまりにも自然なので、本当にお子さんがいるのでは?と気になっている人も多いですよね。

実は、キムラ緑子さんに子供はいません。そして本人は、そのことを驚くほど率直な言葉で語ってきました。

同じ旦那さんと2度結婚したという珍しい夫婦の歩みから、淡路島のご両親、若い頃、国籍の噂、VIVANTの役まで。子供の話を入口に、キムラ緑子さんの素顔をたっぷりたどっていきますね。

【記事のポイント】

  • キムラ緑子さんに子供はいない。本人も、子どもがいないことを前提に離婚や再婚を語っている
  • 読売新聞のインタビューでは「血をつないでいくことはできなかった」代わりに、後に残せるものを見つけたいと話した
  • 2018年1月の番組では、子供がいたら離婚していなかったという趣旨の話をしている
  • 娘がいるという発表はなく、母親役の多さから「娘」と一緒に検索されていると考えられる
  • 旦那は劇作家・演出家のマキノノゾミさん。大学の学生演劇で出会った2年上の先輩
  • 1992年に結婚、2005年に離婚し、同じ相手と再婚。再婚は2010年とする報道と、2011年とする説がある
  • 今は夫婦と愛猫で暮らし、本人いわく「いい具合に一人」の心地よい距離感
  • 韓国・在日説は映画『パッチギ!』の役やカタカナ表記からの連想とされ、裏づけは出ていない
名前 キムラ緑子(きむら みどりこ)
本名 牧野緑子(旧姓・木村)※ブログの紹介
生年月日 1961年10月15日
年齢 64歳(生年月日から計算・2026年10月6日現在)
出身 兵庫県洲本市(淡路島)
身長・血液型 162cm(ブログの紹介)・O型
学歴 同志社女子大学 学芸学部英文学科
所属 シス・カンパニー
夫 マキノノゾミさん(劇作家・脚本家・演出家)
子供 いない

キムラ緑子に子供はいる?本人の言葉と旦那・家族の今

  • 子供いる?本人が語った言葉
  • 娘がいるという噂は?
  • 子供がいない理由は?「子はかすがい」と語った番組
  • 旦那はマキノノゾミ|どんな人?
  • 同じ旦那と2度結婚?離婚と再婚の経緯
  • 家族構成は?夫婦と猫の今

子供いる?本人が語った言葉

結論から言うと、キムラ緑子さんに子供はいません。

あれだけ自然にお母さん役をこなす人ですから、意外に感じた人も多いのではないでしょうか。

いちばんはっきりしているのは、本人の言葉です。読売新聞の医療・健康サイト「ヨミドクター」のインタビューで、夫のマキノノゾミさんとの暮らしを聞かれた流れで、キムラ緑子さんはこう話しています。

「子どもがいなくて、脈々と血をつないでいくことはできなかったけど、その代わりに違うもので、脈々と後に残せるものが見つかればいいなと」

そのうえで、出演する舞台について「あれは、あのキムラさんがやっていたんだ」と思い出してもらえれば、何か残せたことになるのかな、とも語っているんです。

子供がいない事実を、ごまかさずに受け止める。そして、自分の芝居を次の時代に残すものと考える。役者として生きてきた人の覚悟がにじむ言葉ですよね。

テレビでも同じです。2018年1月13日放送のカンテレ『おかべろ』では、子どもがいないことを前提に、離婚した当時を振り返っていました(この話は、あとの見出しでくわしく取り上げますね)。

ネット上のブログも、子供はいないと紹介するものばかりで、子供がいると伝える報道は出てきていません。中には、本人が役者という仕事を子育てにたとえたと書くブログもありますが、いつ、どこでの発言なのかは示されていないようです。

血のつながりの代わりに、舞台の記憶を誰かの心に残していく。キムラ緑子さんらしい生き方だなと思いませんか?

娘がいるという噂は?

キムラ緑子さんに娘さんがいるという発表はありません。

娘と一緒に検索されているのを見ると、もしかして隠し子が?なんて想像してしまいますよね。でも、キムラ緑子さんの娘について伝えた報道は見当たらないんです。

では、なぜ娘というワードが一緒に調べられているのか。ここ、気になりますよね。

考えられるのは、母親役の多さです。ブログでも、ドラマで息子や娘を持つ役をたびたび任されているから、役の印象と本人が重なって受け取られやすいのでは、と紹介されています。

実際に出演作を並べてみると、お母さん役がずらりと続きます。

作品 演じた役
映画『パッチギ!』 主人公たちのたくましい母親(オモニ)
ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』 高橋一生さんが演じた青年の母親(ブログの紹介)
ドラマ『コードブルー』 仲野太賀さんと親子役で共演(ブログの紹介)
ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』 三浦春馬さんが演じた主人公の母
舞台『母と惑星について、および自転する女たちの記録』 三姉妹の自由奔放な母親

舞台『母と惑星について、および自転する女たちの記録』のインタビューでは、作品の中の3人の娘について「3人の娘がとてもいじらしくて、切ない」と話していました。役の上でも、娘たちへの愛情がまっすぐな人なんですね。

現実の子どもたちへのまなざしも温かいです。俳優の宮沢氷魚さんと黒島結菜さんの第1子の妊娠が発表されたときには、自身のインスタグラムで「良心を持つ両親からの子供達、たくさんたくさん増えて欲しいなぁ」と祝福したと、スポニチが伝えています。

実の娘はいなくても、作品の中ではたくさんの子どもたちのお母さんを生きてきたわけです。役の母親がリアルすぎて娘の存在まで検索されてしまうなんて、女優冥利に尽きる話ですよね。

子供がいない理由は?「子はかすがい」と語った番組

子供がいない理由そのものは、本人から語られていません。

ただ、子供についての本音がこぼれた場面はあります。それが、2018年1月13日に放送されたカンテレのトーク番組『おかべろ』です。

デイリースポーツによると、キムラ緑子さんはこの番組で、夫のマキノノゾミさんとの結婚、離婚、再婚の経緯を語りました。MCの岡村隆史さんに離婚の事情を尋ねられ、ロンドンブーツ1号2号の亮さんに「なぜそうなったの?」と聞かれると、こう答えています。

「子はかすがいとよく言ったもの。お子さんがいる、自分たちの宝物、つなぐものがいるというのはね。それがないからね。それがあったらもう、全然(離婚)してない」

夫婦をつなぎとめてくれる存在がいたら、別れていなかったと思う。子供がいなかったから離婚した、という単純な話ではなく、踏みとどまる理由になるものが自分たちにはなかった、という振り返りなのかもしれません。

では、なぜ子供を持たなかったのか。ブログの中には、結婚した31歳の頃は劇団を軌道に乗せるのに必死な時期で、子供について考える余裕がなかったのでは、と推測するものもあります。お芝居に力を注ぐため、子供を授かることをあきらめたのかもしれない、と書くブログもあるんです。

とはいえ、どれもブログの推測です。理由は公表されていないとまとめるブログも多く、本人が子供を持たなかった理由を説明した場面は出てきていません。

語られている話 出どころ
子供がいたら離婚していなかった 本人(2018年1月13日『おかべろ』・デイリースポーツが報道)
血はつなげなかったが、後に残せるものを 本人(読売新聞のインタビュー)
劇団を軌道に乗せるのに必死で、考える余裕がなかったのでは ブログの推測
お芝居に力を注ぐため、あきらめたのでは ブログの推測

夫婦と子供の話は、とても個人的なことです。それでもテレビで正直に語ってしまうところに、キムラ緑子さんの飾らない人柄が出ていますよね。

旦那はマキノノゾミ|どんな人?

キムラ緑子さんの旦那さんは、劇作家・脚本家・演出家のマキノノゾミさんです。

夫婦そろって演劇の世界の人なんです。旦那さんがどんな人なのか、ここ、知りたいですよね。

テレ朝POSTは、マキノノゾミさんを、女優・森光子さんの信頼を得て数多くの舞台を手がけた演劇界の重鎮と紹介しています。劇団M.O.P.を主宰し、テレビでは連続テレビ小説『まんてん』の脚本も担当しました。

ブログでは、2022年に『昭和虞美人草』で芸術選奨文部科学大臣賞を受賞し、紫綬褒章も受章していると紹介されています。

2人が出会ったのは大学時代です。2025年12月10日放送の『徹子の部屋』で、キムラ緑子さんは出会いをこう振り返っています(スポニチ)。

「学生演劇で私が大学に入った時に、友達に連れられて演劇を見に行った時に先輩としていた。2年上なんですけれど。その時に出会って」

ブログによると、このとき観たのはつかこうへいさんの『熱海殺人事件』で、その舞台に衝撃を受けて演劇の世界に入っていったそうです。マキノノゾミさんと対面したときは一目ぼれだった、と書くブログもあるんですよ。

項目 マキノノゾミさん
仕事 劇作家・脚本家・演出家(劇団M.O.P.を主宰)
生年月日・出身 1959年9月29日・静岡県浜松市(ブログの紹介)
本名 牧野望(ブログの紹介。牧野伸と書くブログも1つある)
年の差 キムラ緑子さんの2年上の先輩
主な仕事 森光子さんの舞台、連続テレビ小説『まんてん』の脚本など

人柄が伝わるエピソードもたくさんあります。

同じ『徹子の部屋』で、キムラ緑子さんは夫の変わらなさをこう笑っていました。ずっとビートルズのTシャツを着て、ビートルズを聴いて、弾いて歌っている。学生の頃から好みが変わらないそうで、「好みが止まっているなっていう」とのこと(笑)。

2018年1月22日の『徹子の部屋』では、夫妻と親交の長い渡辺えりさんが「優しい人なんですよ、マキノさん。だから好きなんだと思うよ。」と話し、何を言ってもフッと受け止める広さがある人だと評しています(デイリースポーツ)。

ほかにも、ぜんそくがあって本当は猫を飼ってはいけなかったのに、「慣れるから」と言って飼ったら本当に大丈夫になった、という話も本人が明かしています。おおらかで、ちょっとお茶目な旦那さんの姿が浮かんできますよね。

同じ旦那と2度結婚?離婚と再婚の経緯

キムラ緑子さんとマキノノゾミさんは、同じ相手と2度結婚しています。

一度離婚した相手ともう一度結婚するなんて、なかなか聞かない話ですよね。どうしてそうなったのか、順番にたどってみますね。

1992年に結婚、35歳ごろに東京へ

2人は1984年に旗揚げした劇団M.O.P.で、主宰者と看板女優として芝居を作り続け、1992年に結婚しました。ブログによると、キムラ緑子さんが31歳のときです。盛大な挙式を行ったことは、テレ朝POSTも伝えています。

京都で長く劇団を続けたあと、本人いわく「35ぐらいで東京に来たんです」とのこと(スポニチ)。デイリースポーツによると、結婚している間、マキノノゾミさんに相談しないまま仕事のために東京に出たこともあったそうで、かなり奔放な結婚生活だったようです。

2005年、本人から離婚を申し入れ

2005年、キムラ緑子さんのほうから離婚を申し入れ、2人は別れます。理由について、2018年1月22日の『徹子の部屋』でこう説明しています(デイリースポーツ)。

「劇団やってる頃はホントにお芝居やってると朝から晩まで一緒なんで。うち帰っても一緒。もうずっといるのがやっぱりちょっと…自分一人の時間がほしいって、あの頃はなっていたんですね」

稽古場でも家でも、ずっと同じ相手。どんなに好きな人でも、息が詰まってしまう気持ち、わかる気がしますよね。

ブログでは、夫が演出家だから仕事がもらえている、と陰口を言われることへの反発もあり、自分の力だけで勝負したかったと紹介されています。

マキノノゾミさんは「いいやん、好きにしたら」と受け止めてくれたそうで、けんか別れではなかったんです。毎日必ず連絡を取ることを約束して離婚に応じた、と書くブログもあります。

猫がつないだ離婚後の関係

離婚後も、2人の縁は切れませんでした。ブログによると、同じ劇団で芝居を続け、年に1度は一緒に芝居を作っていたといいます。

仕事が忙しくなったキムラ緑子さんが、地方公演の間に飼い猫をマキノノゾミさんに預けたところ、猫がすっかりマキノノゾミさんになついてしまった、というかわいい話も伝わっています。

再婚を持ちかけたのも本人

そして2010年、劇団M.O.P.が解散します。デイリースポーツは、2人がこの年に再婚したと伝えています。

2018年1月13日の『おかべろ』で、キムラ緑子さんは再婚の経緯を「1人でいるのがしんどくなった」と説明しました。ところが、また籍を入れようと言うと、「籍は入れなくていいんちゃうかと断られた。それがまた大変で」と振り返っています。

2018年1月22日の『徹子の部屋』では、もう少しくわしく語っています。劇団で一緒に作ってきた作品について、老後に一緒にビデオを見て「楽しかったね」と言える人がいなくなるのか、と考えたそうです。

「なんかもったいないという言葉も人に対して変なんですけど、もったいない人かもなと思ってしまったというのもある」

マキノノゾミさんには「今さらだし、籍にこだわらなくてもいいんじゃねえか?」と断られたものの、「そこはひとつって言って、(婚姻届に)ハンコ押してもらいました」とのこと。

別れたいと言ったのも、籍を入れたいと言ったのもキムラ緑子さん。本人も、友人から「私みたいな人はああいう人しかいない」と言われたと認めています。

再婚は2010年?2011年?

実は、再婚した年は情報によって割れています。

デイリースポーツは2010年に再婚と報じていますが、ブログの中には、2010年頃に復縁し、2011年に再婚したと書くものがあります。

きっかけは東日本大震災で、本人が「一人ではいられなくなった」という趣旨の話をしたと紹介されているんです。マキノノゾミさんの項目のウィキペディアや、文春オンラインの記事を根拠に、2011年に入籍したと整理するブログもあります。

ほかにも、本人が「私は芝居のことしか語れないし、この人を逃したら私、誰と何を語るんだろう」と明かした、と紹介するブログもあります。文春オンラインも離婚した夫に「もう1回結婚して」とごり押し、という見出しで、この再婚を取り上げていました。

時期 できごと
大学時代 同志社の学生演劇で出会う
1984年 劇団M.O.P.の旗揚げ
1992年 結婚(キムラ緑子さん31歳=ブログの紹介)
2005年 本人から申し入れて離婚
2010年 劇団M.O.P.が解散。デイリースポーツは同年に再婚と報道
2011年 この年に入籍したとする説(ブログの紹介)

離婚も再婚も、動いたのはいつもキムラ緑子さん。それをまるごと受け止めてきた旦那さんの懐の深さも、この夫婦の物語には欠かせませんよね〜〜!

家族構成は?夫婦と猫の今

キムラ緑子さんの今の家族は、旦那のマキノノゾミさんと愛猫です。

2度結婚した夫婦が、今どんなふうに暮らしているのか。ここ、いちばん気になるところかもしれませんね。

読売新聞のインタビューで、キムラ緑子さんは今の夫婦関係を「同じ家にいてもたまに会うだけで、いい具合に一人」と表現しています。お互いに家をあけることも多く、本当に自由。一度離婚してから獲得した生き方なのだそうです。

休日の過ごし方を聞かれると、「自宅でネコをかまっているのが、一番の幸せかな」とも。ブログでは、元保護猫2匹と暮らしている(2022年の報道時点)と紹介されています。

夫婦の仲の良さは、テレビでもたびたび伝わってきました。

時期 夫婦の様子
2018年1月13日 『おかべろ』で「今は(東京で)一緒に暮らしてます!」と夫婦円満を強調
2020年2月26日 夫婦そろって『徹子の部屋』に出演。還暦を迎えた夫がサプライズを用意
2025年12月10日 『徹子の部屋』で、今は仲良く暮らしていると話す

2025年12月の『徹子の部屋』では、黒柳徹子さんに2度の結婚について振られ、「もう3回やると世間に怒られちゃうんで、今は仲良く暮らしておりますけれども」と照れ笑い(スポニチ)。このとき番組では、2020年に夫婦で出演した時の写真も紹介されたそうです。

ブログでは、2026年1月の週刊文春の記事で、2人が愛猫と東京都内の一軒家で暮らしていると紹介された、とも書かれています。

夫の家族との関わりも見えてきます。

エキサイトニュースによると、キムラ緑子さんは自身のインスタグラムで、90歳になる義理のお母さんと義理の妹さんの介護について、率直な思いをつづりました。それぞれの親のもとで過ごしていると明かし、「これまで頑張ってくれてたお母さんのありがたさが身に沁みる」と義母への感謝を表しています。

続柄 内容
夫 マキノノゾミさん(劇作家・演出家)
子供 いない
ペット 愛猫(元保護猫と紹介されている)
両親 地元の淡路島で暮らす

べったりではないけれど、ちゃんとそばにいる。2度目の結婚でたどり着いたこの距離感、大人の夫婦の理想形のようで、ちょっと憧れてしまいますよね。

キムラ緑子の子供の話とあわせて知りたい|両親・若い頃・大学・国籍・VIVANT

  • 両親は淡路島に?父と母のエピソード
  • 何歳?年齢と遅咲きの歩み
  • 若い頃は歌手志望?スター誕生から劇団M.O.P.へ
  • 大学はどこ?同志社女子大と第三劇場
  • 国籍は韓国?在日説の経緯とキムラ表記の理由
  • VIVANTの役は?別班の司令官・櫻井里美
  • 三浦春馬との共演は?『カネ恋』の母親役
  • 似てる女優は誰?
  • キムラ緑子の子供についてのまとめ

両親は淡路島に?父と母のエピソード

キムラ緑子さんのご両親は、今も地元の淡路島で暮らしています。

子供はいないキムラ緑子さんですが、自身は娘として、ご両親との時間を大切にしているんです。

2025年12月10日の『徹子の部屋』の放送に合わせて、テレ朝POSTが家族の近況を伝えています。お母さんは認知症で施設に入り、大病をしたお父さんは退院後に一人暮らし。キムラ緑子さんは時間を見つけては帰省し、そのタイミングでお母さんも施設から自宅に戻って、3人で過ごしているそうです。

故郷に帰るたびに感じるのが、お父さんが若い頃に残した功績。地域バスを走らせるなど地元に貢献し、勲章ももらったのだとか。

お母さんは、いつも明るく元気な人。高校時代の演劇部では人気者だったと、同級生だったお父さんが言い張るそうです(笑)。高校時代のお母さんの顔と自分はそっくりで、感情の起伏が激しいところも似ている、と本人は話しています。

一方で、切ない思い出も語られました。小さい頃のお母さんは楽しそうに商売をしていたものの、近所に大手商業施設ができて閉店に追いやられたとき、笑顔が消えて元気がなくなってしまったそうです。故郷に帰ると、今でもその頃のことがよみがえるといいます。

子どもの頃の家族の様子は、別のインタビューでも語っています。舞台『母と惑星について、および自転する女たちの記録』のインタビューでは「父も母も仕事をしていたので、いわゆる鍵っ子という時期が長かったです。」と話し、これから先はできるだけ仲良く楽しく話していけたら、と思いを語りました。

家族 伝えられている話
父 若い頃に地域バスを走らせるなど地元に貢献し、勲章をもらった。大病後は一人暮らし
母 明るく元気で商売をしていた。今は認知症で施設に
祖母 お菓子屋を営んでいた(ブログの紹介)
弟 大阪から帰省し、姉弟で交代しながら食事を用意している(ブログの紹介)

名前の由来にも、お父さんが関わっています。読売新聞のインタビューで、「緑子」という名前について「後になって、父親が緑色が好きだったと知りました」と話しているんです。ブログの中には、本人がお父さんは奄美大島の出身だと語った、と紹介するものもあります。

忙しい合間を縫って、何度も淡路島へ帰る。子供を持たなかったキムラ緑子さんが、今は娘として親に寄り添っている姿に、胸がじんわり温かくなりますね。

何歳?年齢と遅咲きの歩み

キムラ緑子さんは1961年10月15日生まれで、生年月日から計算すると2026年10月6日現在で64歳。10月15日の誕生日で65歳になります。

還暦を過ぎてもドラマに舞台に大忙し。年齢を聞くと、ちょっと驚きますよね。

キムラ緑子さんは「遅咲きのブレイク」で知られる女優さんです。文春オンラインによると、名前を全国に轟かせたのは『ごちそうさん』(2013年)のいけずな小姑・和枝役。51歳のキムラ緑子さんが「日本中のお茶の間を敵に回すかもしれない」という覚悟で演じた役だったそうです。

年齢 できごと
23歳ごろ 劇団M.O.P.の旗揚げに参加(ブログの紹介)
31歳 マキノノゾミさんと結婚(ブログの紹介)
39歳 ドラマ『池袋ウエストゲートパーク』に出演(ブログの紹介)
51歳 連続テレビ小説『ごちそうさん』で全国区に(文春オンライン。52歳と書くブログもある)
61歳 日曜劇場『VIVANT』に別班の司令官役で出演(ブログの紹介)
64歳 舞台『わが歌ブギウギ-笠置シヅ子物語-』の主演が発表される(ブログの紹介)

64歳で主演することになったのが、京都・南座の舞台『わが歌ブギウギ-笠置シヅ子物語-』(2026年1月24日〜2月1日の予定で発表)。サンスポによると、公演前の取材会では、笠置シヅ子さんの最愛の男性を演じる35歳の林翔太さんについて、こう話していました。

「笠置さんが生涯愛した役を子どもくらいの年齢の翔太さんがやってくれる。」

恥ずかしさはないのか、という空気をはね返すように、「私は若いつもりでやっております。」とも。年齢をネタにしつつ、気持ちはいつまでも若い。この明るさが、64歳になっても役が途切れない理由なのかもしれません。

声の仕事も長く続いています。NHK Eテレ『グレーテルのかまど』では、かまど役の声を担当。スポニチによると、ナビゲーターの瀬戸康史さんとは15年目の付き合いで、キムラ緑子さんは瀬戸さんについて「ホントに演技がうまいのがわかった」と感心していたそうです。

年齢を重ねるほど、出番が増えていく。キムラ緑子さんの歩みを見ていると、人生、遅すぎることなんてないと励まされる気がしませんか?

若い頃は歌手志望?スター誕生から劇団M.O.P.へ

キムラ緑子さんの若い頃の夢は、女優ではなく歌手でした。

あの迫力ある芝居の原点がどこにあるのか、ここ、気になりますよね。

ブログによると、キムラ緑子さんは洲本市立加茂小学校、洲本市立青雲中学校、兵庫県立洲本高校と、地元・淡路島の学校で育ちました。中学ではテニス部、高校では剣道部に所属していたそうです。おばあさんがお菓子屋を営んでいて、学生時代はお菓子ばかり食べていた、という微笑ましい話もあります。

キャンディーズや山口百恵さんに憧れていた少女は、中学生の頃にオーディション番組『スター誕生!』に挑戦します。

ブログによると、中島みゆきさんの「時代」を歌って地区予選の最後の5人まで残ったものの、落選。泣きながら帰宅したそうです。

読売新聞のインタビューでは、「歌手になるというのは、本当に単純な子どものころの夢ですね。」と振り返っています。

そのうえで、「ただ今でも年1回、ライブで歌っています。趣味ですね。」と話しています。俳優の大谷亮介さんと「ドリー&タニー」として音楽ライブを続けていることも、ブログで紹介されていますよ。

大学で演劇に出会ったあと、卒業後はいったん故郷の淡路島に戻り、塾講師をしていました。映画.comによると、劇団からのオファーで芝居の世界に復帰したそうです。ブログでは、英語や数学を教える塾講師として3年間働いた、とも紹介されています。

そして1984年、マキノノゾミさんが主宰する劇団M.O.P.の旗揚げに参加。2010年の解散まで、看板女優として舞台に立ち続けました。

時期 できごと
中学時代 『スター誕生!』の地区予選に挑戦し、最後の5人で落選(ブログの紹介)
大学時代 友人に誘われて学生演劇の世界へ
大学卒業後 淡路島に戻り塾講師に
1984年 劇団M.O.P.の旗揚げに参加
1990年 映画『極道の妻たち 最後の戦い』で映画デビュー
1997年 舞台『秋の歌』で紀伊國屋演劇賞の個人賞
2005年 映画『パッチギ!』に出演。舞台『小林一茶』で読売演劇大賞の優秀女優賞(ブログの紹介)
2010年 劇団M.O.P.が解散

若い頃の見た目については、21歳くらいの頃の写真を見て、ちょっと垂れ目で色白でかわいいと評するブログもあります。歌手の夢に破れて泣いた少女が、回り道の末に舞台で花開く。まるで朝ドラのヒロインのような青春ですよね!

大学はどこ?同志社女子大と第三劇場

キムラ緑子さんの出身大学は、同志社女子大学の学芸学部英文学科です。

夫のマキノノゾミさんとは同志社大学で出会ったと紹介されることが多いので、どっちなの?と迷ってしまいますよね。

答えは、在籍していたのが同志社女子大学で、演劇をしたのが同志社大学のサークルだった、ということです。スポニチも、キムラ緑子さんを同志社女子大出身、マキノノゾミさんを同志社大出身と紹介しています。

ブログによると、キムラ緑子さんは同志社大学の演劇サークル「第三劇場」に入りました。テレ朝POSTが「同志社大学の演劇サークルで出会い」と書いているのは、このサークルのことなんです。

演劇の道に入ったきっかけは、本当に偶然でした。読売新聞のインタビューで、本人はこう話しています。

「たまたま、大学時代に友人に誘われて劇団に入りました。その時は、一生やるなんて思わず、毎日生きてきたら、つみ重ねでこうなって、おかげさまでここにいます。」

ブログでは、本人が初舞台の手応えを「先輩に耳打ちされた一言を言ったとき、客席がウワーッと笑ったんです。その音のすごさに、なにこれ!と楽しくなっちゃった」と振り返った、と紹介されています。客席の笑い声に一瞬で心をつかまれた瞬間が、目に浮かびますよね。

項目 内容
大学 同志社女子大学 学芸学部英文学科
サークル 同志社大学の演劇サークル「第三劇場」
きっかけ 友人に誘われて学生演劇を観に行ったこと
出会い 2年上の先輩・マキノノゾミさん
高校 兵庫県立洲本高校(ブログの紹介)

ブログの中には、同志社女子大学の公式サイトのトークイベントの案内で「同志社女子大学英文学科卒」の俳優と紹介されていた、と書くものもあります。友人のひと誘いがなければ、女優キムラ緑子は生まれていなかったかもしれません。人生って本当に不思議ですね。

国籍は韓国?在日説の経緯とキムラ表記の理由

キムラ緑子さんが韓国籍や在日だと示す本人の発言や報道は、見当たりません。

それでも国籍や韓国というワードと一緒に検索されているので、どうして?と気になりますよね。ネット上で語られている経緯を、順番に整理してみます。

映画『パッチギ!』の母親役

いちばん大きなきっかけとされているのが、2005年公開の映画『パッチギ!』です。

キムラ緑子さんは、主人公たちのたくましい母親(オモニ)を演じました。ブログによると、在日コリアンの一家のお母さんという役どころで、2007年の続編『パッチギ! LOVE&PEACE』でも同じ母親役を務めています。

その演技があまりにも自然だったため、本人にも同じルーツがあるのでは、と考える人が出てきた、とブログでは紹介されています。読売新聞のプロフィールでも、この役で注目された女優として名前が挙がっているほどです。

カタカナの「キムラ」は姓名判断

もう一つが、名字のカタカナ表記です。キムという響きから韓国の姓を連想した人もいたようです。

でも、これには本人がはっきり理由を語っています。読売新聞のインタビューで、本名だったのかを聞かれ、こう答えているんです。

「木村緑子だったのですが、姓名判断で木村はカタカナの方がいいということで、勝手に変えてしまいました。」

ブログによると、2021年12月のフジテレビ系『ノンストップ!』でも、20代の頃に姓名判断に凝って、自分で画数を調べたらカタカナのほうがよかったと話していたそうです。カタカナの理由は国籍ではなく、まさかの画数だったんですね(笑)。

出身と家族のルーツ

キムラ緑子さんは兵庫県洲本市の生まれで、淡路島で育ちました。ブログの中には、本人がお父さんは奄美大島の出身だと語った、と紹介するものもあります。両親が韓国から来た、といった家族の話が本人から語られたことはありません。

SNS投稿の炎上も検索の背景に

韓国というワードが検索される背景には、SNSでの発信もあるようです。

SmartFLASHによると、VIVANTの放送中だった9月、外国人家族の強制送還をめぐるインスタグラムの投稿が議論を呼び、キムラ緑子さんは《私の投稿ですごいたくさんの方々が嫌な気分になって本当にごめんなさい》と謝罪しました。

それをきっかけに、過去の政治や社会問題に関する投稿にも注目が集まったと伝えています。ネットのまとめサイトでは、歴史問題に触れた表現が物議を醸したとも取り上げられました。

噂のきっかけ 実際のところ
『パッチギ!』で在日コリアンの母親を演じた 役柄であり、本人のルーツとは別の話
名字がカタカナの「キムラ」 本名の木村を、姓名判断でカタカナにした(本人の説明)
顔立ちの印象 見た目から国籍は判断できない
SNSでの政治的な発信 投稿をめぐって批判を受け、本人が謝罪

こうして並べてみると、噂の多くは役柄や名前からの連想だとわかります。韓国籍だという裏づけは出ていないので、あくまでネット上の噂として受け止めておくのがよさそうですね。

VIVANTの役は?別班の司令官・櫻井里美

キムラ緑子さんが『VIVANT』で演じているのは、別班の司令官・櫻井里美です。

あの怖い司令官が、ごちそうさんの和枝さんと同じ人なの?と驚いた人も多いのではないでしょうか。

オリコンのキャスト紹介では、櫻井里美は「別班の司令官。日本の国益のためなら冷徹な判断を下す。」人物。

主人公・乃木憂助(堺雅人さん)が所属する、自衛隊の極秘諜報組織「別班」を率いる役どころです。ブログによると、2023年の放送で初登場し、2026年の続編でも同じ役を続けています。

文春オンラインは、高視聴率を記録する日曜劇場で存在感を見せていると伝え、シーズン2では今のところ、ヒロインの二階堂ふみさんより出番が多いとまで書いています。ちなみに二階堂ふみさんについては、宮崎あおいさんとそっくりと言われる理由もまとめています。

ブログによると、本人はこの役について、直立したまましゃべらなければならない難しさを語っているそうです。『ごちそうさん』の和枝のように感情を爆発させる役とは正反対。この振れ幅こそ、キムラ緑子さんが「カメレオン女優」と呼ばれる理由ですよね。

撮影の裏側も話題になりました。西スポWEB OTTO!によると、キムラ緑子さんがインスタグラムでスタッフとのオフショットを公開すると、「櫻井司令が笑っている!!」と驚きの声が上がったそうです。本人は撮影の日々を「今となってはあの緊張の日々もいい思い出♡」と振り返っていました。

項目 内容
役名 櫻井里美
立場 自衛隊の極秘諜報組織「別班」の司令官
人物像 日本の国益のためなら冷徹な判断を下す
出演 2023年の放送と2026年の続編(ブログの紹介)

画面の中ではにこりともしない司令官が、オフでは満面の笑顔。このギャップを知ると、次の放送がもっと楽しみになりますね!

三浦春馬との共演は?『カネ恋』の母親役

キムラ緑子さんは、ドラマ『おカネの切れ目が恋のはじまり』で三浦春馬さんと共演しています。

三浦春馬さんとの関係で検索している人は、この作品を思い浮かべているのかもしれませんね。

ブログによると、2020年にTBSで放送されたこのドラマで、キムラ緑子さんは三浦春馬さんが演じた主人公・猿渡慶太のお母さん、猿渡菜々子を演じました。三浦春馬さんが2020年7月に急逝したことで、ドラマは全4話で幕を閉じています。

最終回では、草刈正雄さん演じる父と一緒に、慶太の部屋を訪れる場面が描かれました。ドラマの感想をつづったnoteでは、慶太のジャケットの袖をやさしく握りながら、キムラ緑子さんが語りかけたセリフが紹介されています。

「ママはいつだって慶ちゃんの1番のファンだからね」

このセリフの先に、キムラ緑子さん自身の心からの切なさを感じた、と書き手は振り返っています。画面の中のお母さんとしての言葉が、そのまま三浦春馬さんへの思いに重なって聞こえた人も多かったはずです。

ブログによると、キムラ緑子さんは自身のブログでも三浦春馬さんへの言葉をつづっていたそうです。

項目 内容
作品 『おカネの切れ目が恋のはじまり』(2020年・TBS)
キムラ緑子さんの役 主人公・猿渡慶太の母、猿渡菜々子
三浦春馬さんの役 主人公・猿渡慶太(浪費男子と評される役)
最終回 両親が慶太の部屋を訪れる場面が描かれた

実の子供はいないキムラ緑子さんが、画面の中で息子に向けた最後の言葉。思い出すだけで、目頭が熱くなってしまいますね。

似てる女優は誰?

キムラ緑子さんに似ていると言われるのは、神野三鈴さんや田中裕子さんなどです。

ドラマを見ていて、あれ、この人だっけ?と迷った経験、あなたにもあるのではないでしょうか。

似ている芸能人をまとめたブログでは、神野三鈴さん、田中裕子さん、伊勢志摩さん、若い頃の由紀さおりさんの4人が挙げられています。共通点は、キュッと上がった薄い眉毛、笑うと下がる目尻、卵型の顔の形だそうです。

似ていると言われる人 似ているとされるポイント
神野三鈴さん 眉毛の辺り、目元、鼻の形、口元、顔の形
田中裕子さん 眉毛の辺り、目元、顔全体の雰囲気
伊勢志摩さん 眉毛の辺り、目元、顔全体の雰囲気
由紀さおりさん(若い頃) 顔全体の雰囲気
江口のりこさん そっくりかどうかの投票ページで比べられている

中でも名前が挙がりやすいのが神野三鈴さんです。別のブログでも、全体の雰囲気や骨格、唇の薄さと形、眉毛の印象、笑顔の雰囲気がとても似ていると紹介されています。

そして、似ていることが大役につながった話もあります。

舞台で演じることになった笠置シヅ子さんについて、サンスポが伝えた公演前の取材会で本人が「笠置シヅ子さんに顔が似てるからという理由で大役をやらせていただきます。」と話していたんです。オファーを受けたときは、天地がひっくり返るくらいビックリしたそうですよ。

誰かに似ていると言われながらも、演じる役はすべてキムラ緑子さんにしか出せない味。そっくりさんを探してみるのも、ドラマの楽しみ方の一つかもしれませんね。

キムラ緑子の子供についてのまとめ

ここまで、キムラ緑子さんの子供の話を入口に、旦那さんや家族、若い頃まで見てきました。ポイントを振り返っておきますね。

  • キムラ緑子さんに子供はいない
  • 読売新聞のインタビューで、血をつなぐことはできなかったが、別のもので後に残せるものを見つけたいと語っている
  • 2018年1月13日の『おかべろ』で、子供がいたら離婚していなかったという趣旨の話をした
  • 子供がいない理由について、本人からのくわしい説明は出ていない
  • 娘がいるという発表はなく、母親役の多さから検索されていると考えられる
  • 旦那は劇作家・脚本家・演出家のマキノノゾミさんで、大学の学生演劇で出会った2年上の先輩
  • 1992年に結婚し、2005年に本人から申し入れて離婚した
  • 再婚も本人から持ちかけ、デイリースポーツは2010年の再婚と報じている(2011年とする説もある)
  • 今は夫婦と愛猫で、「いい具合に一人」の距離感で暮らしている
  • 両親は淡路島で暮らし、本人は時間を見つけて帰省している
  • 1961年10月15日生まれで、生年月日から計算すると2026年10月6日現在64歳
  • 若い頃は歌手志望で、中学時代に『スター誕生!』に挑戦した
  • 大学は同志社女子大学で、演劇は同志社大学のサークル「第三劇場」で始めた
  • 韓国・在日説は『パッチギ!』の役やカタカナ表記からの連想とされ、裏づけは出ていない
  • VIVANTでは別班の司令官・櫻井里美を演じ、『カネ恋』では三浦春馬さんの母親役を務めた

子供はいなくても、キムラ緑子さんは舞台やドラマで、後に残るものをたくさん生み出し続けています。いつか誰かがあの役を思い出してくれる日まで、これからも全力で応援していきたいですね!

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